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セッター宮下遥、東京五輪への決意
若き司令塔の飽くなき挑戦は続く

今感じる、自身の変化や成長「世界が広がった」

中田久美監督の下、新体制で始動した全日本女子。記者会見で意気込みを語る宮下
中田久美監督の下、新体制で始動した全日本女子。記者会見で意気込みを語る宮下【月刊バレーボール】

 セッターとしての才能を買われ、2009年に岡山シーガルズで史上最年少の15歳2カ月でV・プレミアリーグデビューを果たした宮下遥。翌年には全日本メンバーにも登録され、一躍、全日本女子のセッターとして将来を有望視される存在となった。


“自分に厳しく 五輪で金メダル!!”

 15歳、まだあどけなさに溢れた制服姿の宮下は、取材時に堂々と黒板にこう記し、笑顔を見せた。


 あの日から、早7年。


「全日本に入って、これまで一番“変わったな”と思うのは、周りの人に対して自分から興味を持つようになって、“その人といい時間を過ごすために何をした方がいいのか”など、すごく考えて行動するようになれたところ。そういうことができるようになって、すごく世界が広がった気はします。


 ずっと、狭い範囲でのバレーしか知らなかったですし、もちろん人とのつきあい方も知らなかったので、それまではたぶん、見えている世界がすごく小さいものでした。ずっとそれで満足してやってきましたが、全日本の場に来て、いろいろな話を聞いたり、いろいろな人と接して世界を経験させてもらって、こういう人がいて、こういう考え方もあるんだなと実感できて、世界が広がったのかなという感じです」


 人との関わりの中でつまずいたり、五輪出場を懸けたギリギリの戦いに勝利して涙を流して喜びを分かち合ったり、全日本という舞台でしかできないさまざまな経験をしてきた。その中で、見える世界は広がり、その経験が宮下を心身ともに大きく成長させたのだ。

全日本デビュー戦となったWGで見せた片りん

13年のWGでは、宮下のプレーを世界の名だたる指導者たちが絶賛
13年のWGでは、宮下のプレーを世界の名だたる指導者たちが絶賛【坂本清】

 ロンドン五輪の翌年、13年のワールドグランプリ(WG)を皮切りに、国際大会への出場機会が巡ってきた。


 宮下が19歳の誕生日を迎えた9月1日は、WG最終日。札幌でのファイナルは5試合で1勝4敗ではあったが、ミドルブロッカーを絡めて巧みにトスを散りばめる効果的な攻撃を仕掛け、宮下は「2、3年後につながる内容だった」と、感じた手応えに笑顔を見せた。


 その活躍には、米国代表のカーチ・キライ氏が「非常に素晴らしい選手が出てきた」、ブラジルのジョゼ・ギマラエス監督も「必ずトップレベルの選手になるだろう」とコメント。宮下のプレーや心意気は、世界の名だたる指導者たちが絶賛するほどだった。


 15年のワールドカップ(W杯)では、“勝利のため、調子がいい選手を起用する”という眞鍋政義前監督の方針の下、古藤千鶴とともに司令塔を務めた。このシーズンはなかなかトスの感覚をつかめず、宮下は「自分が外れた方がためになるなら外れてもいい」と考えた時期もあったという。


 しかし、そこから心を入れ替えて練習に励み、W杯では起用法にモヤモヤした気持ちもあったものの、コート上でセッターとしての使命を果たしてみせた。その後、スタートでの起用が続き、“全部出し切った”と大会を終えて語った宮下だったが、リオデジャネイロ五輪の出場権を獲得できないことが決まった試合後、涙が込み上げた。


「苦しいボールばかりしか集められなくて、本当に申し訳なかったです。もっと気持ちとか、届けてあげられたら良かったんですけれど……」

これまでにない緊張感と安堵を味わったOQT

リオ五輪出場を決め、宮下は木村沙織(左)や迫田さおり(右)と涙を流して喜んだ
リオ五輪出場を決め、宮下は木村沙織(左)や迫田さおり(右)と涙を流して喜んだ【月刊バレーボール】

 W杯でよりいっそう感じた仲間への感謝の気持ちを胸に、「コミュニケーションをとることが大事だと思うようになったし、どんなトスが欲しいのか、以前よりも細かく話すようになりました」と、これまでに比べて表情が明るくなった宮下。年の近い先輩や後輩とも、親密な関係を築いていった。


 そのような変化を自分自身でも感じ始めている中、16年5月のリオ五輪世界最終予選(OQT)を経験できたことは、彼女にとって大きな出来事だった。


「本当にあの場に立った人じゃないと実感できない怖さや、五輪の切符を取れた時の安堵(あんど)感というか、『本当に心の底からホッとするというのはこういうことか』と体感しました。あれより怖いことやホッとすることは、この先の人生でなかなかないんじゃないかなと思います」


 負ければ五輪出場の望みが絶たれるタイ戦にフルセットで粘り勝ち、イタリア戦で2セットを奪取して五輪の切符を勝ち取り、大粒の涙を流したOQT。トスを上げるのに手が震えるほどの苦しさや緊張、そして感動や安堵を心から感じた。大会自体ももちろんだが、大会までの過ごし方や準備の仕方が、宮下のバレー人生の中で一番濃いものだった。だからこそ、「それはリオ五輪本戦よりも強く印象に残っている」と彼女は言う。

月刊バレーボール
1947年創刊。バレーボールの専門誌として、その黎明期から今日まで、日本のバレーボールを取り上げ、その報道内容は、全日本、Vリーグはもちろん、小・中・高・大学生、ママさんまで、多岐に渡る。2017年に現役を引退した木村沙織選手のメモリアルブック『ありがとう。』が発売中