日本記録“9秒台”突入への機は熟した 男子100mの記録変遷を振り返る

日本陸上競技連盟

アジア記録だが、日本記録ではなかった事情

飯島秀雄さんの記録は電動計時と手動計時の切り替え時期で、アジア記録ながら日本記録にならなかった時もあった 【写真:山田真市/アフロ】

 今回の日本選手権は「誰が勝つか」ということとともに、その記録にも大きな注目が集まっている。

「記録」ということに関して、過去の資料を調べてみたところ、日本選手権の男子100mで「日本新記録」がアナウンスされたのは下記の通り。

1915年(第3回)11.5 斎藤友三(東大)
1918年(第6回)11.4 松田恒政(慶大)
1921年(第9回)11.2 高木正征(暁星中)
1975年(第59回)10.48 神野正英(新日鉄八幡)=予選
1989年(第73回)10.28 青戸慎司(中京大)
1996年(第80回)10.14 朝原宣治(大阪ガス)
1998年(第82回)10.08 伊東浩司(富士通)

 なお、1975年の神野さんの10秒48には「2つの注釈」が入る。

 その1つ目は、次の通り。
 1975年は電動計時(写真判定)の記録が日本記録として公認されることになった最初の年で、その年の12月31日時点での最高記録を「初代日本記録」として日本陸連は公認することにした。よって、日本選手権が行われた時点(5月31日〜6月1日)では「電動計時日本記録」はまだ存在しておらず、当然のことながら競技場内では「日本新記録」とはアナウンスされなかった。

 2つ目は、以下のような内容。
 1968年のメキシコ五輪の準決勝で飯島秀雄さん(茨城県庁)が電動計時で10秒34(当時のルールで100分の1秒単位を10分の1秒単位に換算し「10秒3」が公式記録とされていた)で走っていて、この記録は「アジア記録」として国際的には認められていた。

 しかし、上述の通り日本陸連は「その年(1975年)の最高記録を日本記録とする」として過去の記録には遡らなかったため、飯島さんの10秒34は「アジア記録」ではあったが「日本記録」としては認められなかった。

 なお、国際陸連や各大陸の陸連では電動計時の世界記録を公認することになった時、過去に遡及してその最高記録を公認することにしたため、1968年メキシコ五輪でジム・ハインズ(米国)がマークした9秒95が「世界記録」として、アジア陸連では飯島さんの10秒34を「アジア記録」として公認した。

 そのような事情で、飯島さんの10秒34は「アジア記録だが日本記録ではない」という期間が続くことになった。しかし、その後「アジア記録として国際的にも認知されている記録を日本記録と認めないのはいかがなものか?」ということで、1984年に過去に遡及して10秒34を日本記録として公認することになり、飯島さんの記録が日本記録として16年ぶりに認められたという次第だ。

19年ぶりの日本選手権での日本新記録は!?

今季のベストタイム10秒04を出している桐生祥秀。9秒台突入への機は熟している 【写真:ロイター/アフロ】

 今回の日本選手権で「日本新記録」がアナウンスされれば、男子100mでは1998年の第82回大会以来19年ぶりのこと。そして「日本新」すなわち「9秒台」ということにもなる。

 今シーズンの日本男子100mは、非常に充実している。6月11日時点で「2017年日本10傑」は、以下の通り。

1)10.04 (風)+1.4 桐生祥秀(東洋大) 3月11日
2)10.06 +1.3 山縣亮太(セイコー) 3月11日
3)10.08 +1.9 飯塚翔太(ミズノ) 6月4日
3)10.08 +1.9 多田修平(関学大) 6月10日
5)10.12 +1.9 ケンブリッジ飛鳥(Nike) 6月4日
6)10.13 +1.9 原翔太(スズキ浜松AC) 6月4日
7)10.18 +1.8 サニブラウン・アブデルハキーム(東京陸協) 4月14日
8)10.20 +1.9 九鬼巧(NTN) 6月4日
9)10.22 +1.9 諏訪達郎(NTN) 6月4日
10)10.23 +1.9 藤光謙司(ゼンリン) 6月4日

 各年のトップ選手のレベルの変化を比較するのに「10傑平均記録」という指標を用いることが多いが、現時点でのそれは「10秒134」。これまでの歴代最高記録は、2016年の「10秒181(10.01〜10.27)」、歴代2位が2014年の「10秒201(10.05〜10.27)」、歴代3位が2013年の「10秒223(10.01〜10.33)」だった。2017年はシーズン前半にして、これを早くも大きく上回っている。

 比較のために、同じ6月11日現在の各国の「2017年10傑平均」のトップ5は、
1)9.994 米国(9.82〜10.06)
2)10.065 ジャマイカ(9.93〜10.16)
3)10.111 イギリス(9.99〜10.21)
4)10.131 南アフリカ(9.92〜10.34)
5)10.134 日本(10.04〜10.23)

以上となる。

 このデータからも分かるが、上位10選手のレベルで日本の男子100mは球技などでいうところの世界の「ベスト4」にあと一歩。「9秒台」への「機は熟したり」となる。

 6月23、24日、男子100mが行われる時間の長居競技場のホームストレートに、2.0mを超えない「いい追風」が吹けば、「歴史的瞬間」の目撃者になれるかもしれない。

(野口純正/国際陸上競技統計者協会[ATFS]会員)

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