「世界で通用するのはやはり桃田」 代表復帰は時期尚早も、高まる期待

楊順行

優勝に涙「思いがこみ上げて」

優勝が決まった瞬間、桃田はコートにひざまずいて涙した 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 濃密なラリーだった。強打、ダイブしての好レシーブ、ネットぎりぎりのせめぎ合い、1球ごとに行き来する主導権……。それはそうだ、相手の上田拓馬(日本ユニシス)は、2014年のトマス杯(男子国別団体戦)では桃田賢斗(NTT東日本)とともに全勝と、悲願の初優勝の立役者となったナショナルA代表。

 もつれた第3ゲームは、16―18まで追い込まれた。だがここで、チャンスボールをたたいた上田のショットがバックラインを割ると、息を吹き返した桃田が4連続得点。20―19となってからの長いラリーは49本目、上田のロブがアウトとなり、桃田はコートにひざまずいて涙した。

「最後の最後、体力的にも精神的にもきつかったなか、苦しいときに自分を支えてくれた方々への感謝が、自分を奮い立たせてくれました。さまざまな思いがこみ上げてきて……」 

 バドミントンの日本ランキングサーキット大会(以下RC)。桃田にとって、約1年2カ月ぶりの実戦だった。世界ランキングを最高2位にまで上げ、リオデジャネイロ五輪出場どころかメダルも有力と見られていた昨年4月、違法カジノ店での賭博行為が発覚し、日本協会から無期限競技会出場停止処分を受けた。6月まではラケットを握らず、練習こそ許されるようになっても、チームへの同行は認められない。「バドミントンをやめようとは思わなかった」が、千葉・船橋市の体育館に居残りながら、先の見えない焦燥感にとらわれた。

 だが、「自分のことで精いっぱいで、リオ五輪は見る余裕もなかった」というほどの練習や仕事への真摯(しんし)さ、子どもたちへのバドミントン教室や清掃活動などの更正プログラムへの取り組みが評価され、協会は5月15日に処分を解除。裏切ってしまった期待には、プレーで恩返しするしかない……との思いで、RCのコートに復帰した。

かつての自己アピールは必要ない

かつてのような自己アピールは必要ない。体重を落とし、黒髪で臨んだ姿は精悍さを増した 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 前夜は12時まで眠れなかったという初戦。同期入社で、15年までNTT東日本の同僚だった和田周(JTEKT)が相手だ。問題が発覚し、途中棄権した昨年のマレーシア・オープンから416日ぶりの実戦である。

 必死にシャトルに飛びつき、誠実に足を運び、羽根を打つことを慈しむようなラリー。感謝の気持ちを表現するには、「今日のこの日が、ゼロからのスタートです。1点1点、というより1球1球大切に行くこと」しかないと桃田は言う。

 以前は天性の技術に頼りきりだったが、謹慎期間中は嫌いだったウエイト、ランニングに精力的に汗を流した。

「信頼を取り戻すには、中途半端ではダメだ」という成果で、体重約3キロ減と、なるほど精悍(せいかん)に見える。それを土台にスピードもアップし、強烈なスマッシュや繊細なネットプレーなどで、試合は27分で圧勝した。

 印象的だったのは、試合終了後の桃田が4方向の客席に深々と一礼したことだ。「試合の勝ち負けよりも、まずは皆さんに応援される選手になりたい。そのためには立ち居振る舞いから」と、同学年でリオ五輪銅メダリストの奥原希望(日本ユニシス)をお手本にした。奔放さも桃田の魅力のひとつだったが、髪を染めたり、アクセサリーをつけたりといったかつてのような自己アピールはもう必要ない。

 2回戦では「ゲーム形式の練習はしてきましたが、やはり実戦は違う。勝負どころでの感覚や駆け引きはまだまだですし、疲れも残っている」としながら、昨年インターハイ準優勝の小野寺雅之、準々決勝では富岡高の2年後輩・古賀穂(ともに早稲田大)と、いずれも大学生を一蹴。準決勝では、「スマッシュの切れが増している印象」と、守備力自慢の武下利一(トナミ運輸)に舌を巻かせた。

 そして決勝は、初めて1ゲームを落としたものの、上田との厳しい試合を振り切った。感謝の気持ち、そして人としての成長をくどいほど繰り返しつつ、桃田は言う。

「優勝したうれしさより、会社の方、チームメイト、家族、メディアの方に少し恩返しできたかな。応援の声も見えない力になったと思います」

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著者プロフィール

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。高校野球の春夏の甲子園取材は、2019年夏で57回を数える。

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