まるで雪上のジェットコースター! 誰でも楽しめる新感覚体験「デュアルスキー」を知っていますか?
様々な介助用品を通じて「山」でバリアフリーを実現し、誰もが楽しめるユニバーサルツーリズムに取り組む戸隠観光協会の伊藤久美子さんにお話を伺った。
スリル満点!プロの滑りを体感できる面白さ
長野市が合併した旧戸隠村は県の北部に位置し、戸隠神社の参道にある杉並木や、日本三大そばと言われる「戸隠そば」などで有名な観光地だ。夏の山岳観光も魅力だが、取材した1月には-15℃になることもあるといい、ウィンタースポーツも盛ん。水分を多く含まないことから「魔法の粉雪」と称されるパウダースノーを楽しむことができる。
戸隠観光協会と戸隠スキー場は、誰もがこの雪を楽しめるように2020年に「デュアルスキー」を導入。専用機材の操縦に必要な資格を持つパイロットが戸隠の冬を満喫させてくれる。
パイロットの資格は要件が厳しく、デュアルスキーに必要な実技や座学などだけでなく、SAJ(公益財団法人全日本スキー連盟)やSIA(公益社団法人日本プロスキー教師協会)といった団体の検定で高い水準で合格していることも前提になっている。そうした技術の高さから、スピード感はもちろん「自分の滑走の様に」体感できるのもデュアルスキーの魅力になる。
「(デュアルスキーは)ご自身でスキーができる方でも楽しいと思います。インストラクターになるほど上手い方が自分に代わって操縦してくれますし、自分一人で滑るよりも機材などで重さがあるのでスピードを味わうこともできます。自ら操縦できないからこそのスリルもあるので、そこも楽しめるポイントになるかもしれません」
子どもやパパママ、高齢者、障がいのある人、誰でも楽しめる
伊藤さんは「障がいがない方でも、学校のスキー教室のタイミングでケガをしてしまったというケースだってあります。そうした時に障がいがないから利用できないというのでは、全ての人が安心して楽しく過ごせるユニバーサルツーリズムの理念から外れてしまいます」と話す。
「利用していただく方はいろいろな方がいていいと思います。例えば子どもを連れてきた親御さんが子どもの様子を見ながらの滑走に疲れてしまい、乗っている姿を見守るというのでもいいと思います。他にも、かつてはスキーを楽しんでいたけど、滑れなくなってしまったご高齢の方が『また風を感じたい』と思って利用されるのもいいと思います。単に身体的な障がいの有無だけでなく、いろいろな人が抱えているバリアを機材の力で乗り越えていく。そこにユニバーサルツーリズムの醍醐味がありますよね」と語る。
機材代の5000円とパイロットになるインストラクターの費用がかかるが、伊藤さんは「ご自身や身の回りの方で必要になるケースだって考えられます。“選択肢”の一つとしてぜひ体験していただきたいですね」とアピールする。
夏の山岳観光ではアウトドア用車いすを導入。誰もが楽しめる山岳リゾートを目指して
この有名な杉並木は、神社にある5つの社の中で最も険しい道のりとなる、奥社の参拝に向かう道の途中にある。
「奥社への参拝は健常者でも大変で、往復で3時間くらいかかります」(伊藤さん)
傾斜や、砂利道も多いため、以前は障がいのある方は観光を断念してもらわざるを得なかったという。
こうした中、戸隠観光協会は県の補助金を活用し、デュアルスキーと同時に夏場の観光のためにアウトドア用の車いすも導入した。
「ご用意している車いすの種類はいくつかあり、ご自身で運転していただくタイプや介助者が押すタイプは、いずれもタイヤが太いため、悪路でも動きやすいです。クッション性も高く、お尻に負担がかからないのも利点ですね」と話す。
学校の行事で観光に来たある生徒は、車いすを利用して同級生と同じ参道を奥まで進んだ。
「障がいがあったので特別支援学級に入り、いろいろな場所に行くことは諦めていましたが、今回の観光を体験して意外と行けるのかもしれないと思えました。みんなと同じ目線で同じ時間を共有できたことが自信につながりました」と話していたという。
「返却される際に明るい顔になられている方が多いですね。戸隠に来たことをきっかけに明日からまた頑張ろうという気持ちになってくれるとうれしいです」(伊藤さん)
こうした喜びの声はデュアルスキーの体験者からも寄せられているという。
「デュアルスキーも雪山の山頂までリフトに乗ってみんなと同じように行き、そこから滑走してきます。冷たい風を感じながら走るというプレミアムな体験はもちろん、こうした普段の生活とは違う環境下で、周りと同じことをすることは貴重です」と伊藤さんは話す。
「山岳リゾートである戸隠は、雪山や起伏による段差といったバリアがありますが、だからこその魅力とユニバーサルツーリズムを実現することの意義があると考えています」
山岳というバリアになりやすいリゾート地で、誰しもが楽しめる観光地を目指す戸隠。
「様々な方が同じように戸隠を楽しむことができるようにするために重要なのが選択肢です。かつて選択肢がなかったために、戸隠に来ることができなかった人がいましたが、今は着実に来られる環境が整備されてきています。機材があれば行ける場所がある。最初から諦めずに、まずは選択肢を知ってほしいと思います。それは今機材が必要な人だけではなく、必要がない人も同様です。頭の片隅にデュアルスキーやアウトドア車いすの”選択肢”を置いてほしいですし、そのためにもぜひみなさんに体験していただきたいですね」
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観光地の持つ特徴により、戸隠の様にバリアフリー化が容易ではないケースは全国にあるはずだ。そうした地域は、置かれた状況を諦めてしまうのではなく、「ここでできるのだから、他でもできる」というように、ユニバーサルツーリズムの間口を広げられるボテンシャルを持っていると気付かされた。戸隠の様な取り組みが増えることで、日本全体のバリアフリー環境は着実に整えられていくのではないだろうか。
text by Taro Nashida(Parasapo Lab)
写真提供:一般社団法人戸隠観光協会
※本記事はパラサポWEBに2025年3月に掲載されたものです。
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