避難所での運動不足解消を

笹川スポーツ財団
チーム・協会

避難所での運動不足解消を 【写真:Adobe Stock】

本文:熊谷 哲(笹川スポーツ財団 上席特別研究員)
※本記事は2025年3月4日に笹川スポーツ財団・公式ウェブサイトに掲載されたものです。

岩手県大船渡市における山火事は、地元のみなさんの願いを踏みにじるかのように延焼が続いています。最初の出火が確認されたのが去る2月19日、避難指示が出されたのは2月20日が初めてで、避難所は1か所で62世帯157人を対象とするものでした。それが、本コラム執筆時点では、1,896世帯4,596人に避難指示が出され、公設避難所8か所・福祉避難所4か所に約1,200人が避難する状況となりました(3月3日午後6時時点、避難所以外の避難者は2,700人超)。最も長期の避難となっている方々は、すでに10日以上の避難生活を送っていることになります。

避難所への避難生活が長期化すると、普段の生活で行われる身体活動の機会が著しく減少したり、おにぎり・お弁当やインスタント食品など、食事が炭水化物に偏ったりすることなどにより、避難者の健康に及ぼす影響が懸念されます。

なかでも注意が必要なのが、「廃用症候群(生活不活発病)」と呼ばれる健康被害です。これは、新潟県中越地震(2004年)の頃から知られるようになり、災害時には厚労省から注意喚起がなされるようになっています。ともすれば、数か月から数年にわたる避難生活による影響が注目されがちですが、特に高齢者では下肢の筋力低下が顕著に現れ、リハビリ関連の調査では安静1週目で約20%の筋力低下を招くとも指摘されています。2011年の東日本大震災後の調査では、避難生活を送った高齢者の要介護認定リスクが約1.6倍に上昇したとの報告もあります。

また、小さな子どもがいたり、プライバシー確保を優先したりすることから車中泊を選択する人も少なくありません。この場合、長時間同じ姿勢で過ごすことにより、深部静脈血栓症(DVT)や肺塞栓症といった、いわゆるエコノミークラス症候群の発症リスクが増大します。同時に、メンタルヘルスの低下やストレスの増加も顕著であることが指摘されています。これらの健康リスクは、避難生活の中で蓄積されていくため、避難直後の早期から予防策を講じていくことがとても重要となります。

こうした避難所での運動不足解消のために、自治体やマスコミ、各種の団体が動画サイトなどを通じてさまざまな運動プログラムを提供しています。

避難所の現場の状況に即した形で、それらを活用されるのが望ましいのは間違いありません。ですが、自宅や仕事先、住み慣れた地域の状況を心配して気が立っている状態の避難者に、運動の大切さを呼びかけるのは決して容易なことではありません。反発や衝突を招くことへの懸念から、必要性を認識していても働きかけを躊躇することもあるのが現実です。今回すでに取り組みが見られる避難所もありますが、ここで改めて発災初期の身体運動の取り組み方について紹介したいと思います。

1.定時のラジオ体操

避難所内で広く取り組まれるのが、決まった時間に呼びかけて行われる「ラジオ体操」などの簡易な体操です。一定の時間をかけて体を動かすことで、血流促進や筋力維持の効果が期待できます。また、熊本地震の際には、体操実施により参加者同士のコミュニケーションも活性化したことが報告されています。

一方で、避難所には年代や健康・精神状態、自宅の状況など実にさまざまな人たちが集まっているので、全員参加の強制と受け取られないように注意を払う必要があります。あくまで任意の、「できる人、その気のある人」への呼びかけの姿勢を保ちつつ、理解と同調を緩やかに促していくことがポイントです。できれば、午前中と夕方の2回くらいを目安に進めることが望ましいでしょう。

2.体を動かせるスペースの確保

避難所では必ずしも広い運動スペースが確保できるとは限りません。体育館でプライバシーに配慮した運営がなされるようになると、その場で体を動かすこと自体が難しくなることもあります。グラウンドが車でいっぱいになるのもよくあるケースです。

こうした場合、例えば学校などでは、特定の教室を運動のための場として確保することが有益です。ストレッチができるスペースをつくったり、椅子を並べて座ったままできる体操を行ったり、可能であればソフトダンベルやバランスボールを用いることで、筋力維持やエコノミークラス症候群のリスク低減などにつなげることができます。

また、駐車管理を適切に行いつつ、車両進入不可で安全が確保された運動エリアを最小限でも確保することが重要です。避難者の中には、就学前後の子どもたちが少なからず存在します。彼らにとって、全身を使った運動遊びは心身の発達に直接影響するものです。場所さえあれば、できることはたくさんあります。一時の我慢とやり過ごすのではなく、必要な場所を確保するのは大人の責任です。

3.呼びかけのタイミング

市役所や消防、自衛隊が頑張ってくれていることは百も承知でも、防災無線やサイレン、ヘリの音などに過敏になることもしばしばです。そんな中で、心静かに過ごしたいと思っている時に、放送やメガホンで大きな音を立てられると、苛立ってしまうのも人情というもの。良かれと思ってする呼びかけも、タイミングやボリュームによっては逆効果になってしまうものです。

呼びかけの一つの例として、みなに共通する、かつ心を許す時間である、食事を提供する際に運動の声かけをすることが挙げられます。東日本大震災の時には、炊き出しの際に「エコノミークラス症候群にならないようにしないとね」と声をかけて塩分の取り過ぎを注意喚起しながら、足首の曲げ伸ばしやかかと上げ、首や肩の回旋運動を呼びかけ、笑顔で取り組んでいる避難所が見られました。「○○してる?」「◇◇が良いらしいよ」という声かけも効果的です。こうしたちょっとした工夫や気配りが、実践の輪を広げることにつながります。

悲しい現実として、避難所がすべて閉じるまでには、まだ相当の日数を要するように推察されます。避難所での生活が長期化し落ち着いてくると、自治体や地域役員のみならず、ボランティアや支援団体なども加わってさまざまなプログラムが提供され、実施されていくことでしょう。一方で重要なのは、被災現場の状況が詳しくわからず情報が錯綜する、避難者と一括りにできない多様な人が混在している緊急時の、まさに今この時の取り組みです。

運動による健康維持の取り組みは、避難者の健康リスク低減や今後の生活の質向上だけでなく、災害後の地域コミュニティ再生に大きく寄与するものです。その時に、健康二次被害に陥り、さらに生活・地域の再建を困難にしてしまうことは絶対に避けなくてはなりません。

この辛く厳しい時を乗り越えて、いずれ生活を再建する、復旧・復興に立ち上がる、その時のために。今できることを、少しずつ始めていきましょう。

(筆者は、山火事に襲われている岩手県大船渡市の出身であり、東日本大震災の当時には政府の現地対策本部長付としてのべ300か所以上の避難所の調査・支援にあたっていました。こころは故郷とともに。)

熊谷 哲
1996年、慶應義塾大学総合政策学部卒業。岩手県大船渡市生まれ。
1999年、京都府議会議員に初当選(3期)。マニフェスト大賞グランプリ、最優秀地域環境政策賞、等を受賞。また、政府の行政事業レビュー「公開プロセス」のコーディネーター(内閣府、外務省、厚生労働省、経済産業省、国土交通省、環境省など)を務める。2010年に内閣府に転じ、行政刷新会議事務局次長(行政改革担当審議官)、規制・制度改革事務局長、職員の声室長等を歴任。また、東日本大震災の直後には、被災地の出身ということもあり現地対策本部長付として2か月間現地赴任する。
内閣府退職後、(株)PHP研究所を経て、2017年4月に笹川スポーツ財団に入職し、2018年4月研究主幹、2021年4月アドバイザリー・フェロー、2023年4月より現職。
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著者プロフィール

笹川スポーツ財団は、「スポーツ・フォー・エブリワン」を推進するスポーツ専門のシンクタンクです。スポーツに関する研究調査、データの収集・分析・発信や、国・自治体のスポーツ政策に対する提言策定を行い、「誰でも・どこでも・いつまでも」スポーツに親しむことができる社会づくりを目指しています。

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