観客143%増の裏に見えた“伸びしろ” Bリーグ初年度を振り返る エンタメ編

大島和人

栃木が示したファンの力

ファンの力強い声援を背に、栃木は千葉とのチャンピオンシップ準々決勝の激戦を制した 【素材提供:(C)B.LEAGUE】

 ファンへの感謝の言葉は、バスケットボールに限らないプロスポーツ選手の定番コメントだ。そこに社交辞令が混ざっていることもあるだろう。ただBリーグのチャンピオンシップ(CS)で聞いた、栃木ブレックスの選手たちの言葉は不自然でなく聞こえてきた。「ファンの力で勝てた」という表現が、ものすごくリアルだった。

 栃木が千葉ジェッツに80−73で勝利したCS準々決勝初戦の直後。筆者は栃木の渡邉裕規に「ファンの力を得点で換算すると何点くらい?」という無茶ぶりの質問を飛ばしてみた。渡邉は首をひねって考え込んでいたが、しばらくしてこう答えてくれた。「今日のイメージでいったら、6点くらい違うのかな」。

 続く第2戦は「6点」で済まない威力を栃木のファンが発揮した。栃木が22点差から逆転した主役が彼らだった。15点、10点と差が詰まっていくごとにブレックスアリーナ宇都宮のボルテージが上がっていく。得点が入るたびに1階席の客は総立ちになり、記者席からは得点と時計の表示が見えなくなっていた。

「まだ10点以上も差があるのに」と、軽くあきれたことを覚えている。しかしそんな熱気が千葉を飲み込み、栃木は第3クォーター(Q)に「37−50」のビハインドから連続12得点を挙げる。栃木は第4Qに入るとその勢いのまま、77−70で勝利した。

 もちろんファンの力は精神面の後押しに限った話ではない。栃木のファンはCS準々決勝、準決勝の4日間を通してブレックスアリーナを満席にして、チケット収入をクラブにもたらした。そしてチームはB1制覇でお返しした。

エンターテインメントビジネスとしての努力

B1最多入場客数を記録した千葉ジェッツ 【素材提供:(C)B.LEAGUE】

 今年1月のオールジャパンを制した千葉ジェッツも、今季のB1最多入場客数を記録している。多くのファンに支えられたクラブが勝利に近づくのは自然なことだし、そもそもファンの支えなくしてプロスポーツは成り立たない。

 2016−17シーズンのB1・B2年間総入場者数は226万2409人。昨季のNBL、bj両リーグを合計した総数に比較して143%の増加を記録している。B1の18クラブに限ると1試合平均で約30%、総数が約50%という増加だった。

 今季からは観客数の定義がBリーグ全体で統一されて厳格化し、抜き打ちチェックなどでデータの信頼性も確保されている。加えて招待券比率も低下しており、大河正明チェアマンは「チケット収入という意味では、2倍どころでない伸びを示している」と説明する。

 今までは空いた座席でのんびり見られることが、ある意味でバスケ観戦の魅力だった。あまりの少なさに客数を一人ひとり数えてみたら、120人ほどしかいなかった“プロの試合”も見たことがある。MCが呼応しない客席を相手に必死に盛り上げようと空回りして、逆に興ざめすることも少なくなかった。

 スポーツエンターテインメントには「熱が熱を呼ぶ」「客が客を呼ぶ」というサイクルがある。喜怒哀楽は共有することで増幅するし、盛り上がっているスタンドはそれ自体が新規客へのアピールになる。今季のB1に限れば寒々しさを感じた試合はなく、どこもプロらしい雰囲気になっていた。ホーム色を出すビジュアル、チアリーダーなどのパフォーマンスも相応のコストをかけて、しっかり練ったものが用意されていた。

各クラブが力を入れた話題作り

 今まで内部の対立で浪費していたエネルギーが、ファンに向いたということはやはり大きい。リーグ側の方向づけもあり、各クラブはツイッター、フェイスブック、インスタグラムなどSNS経由の小まめな発信を熱心に行っていた。例えばハロウィン、バレンタインなどの節目にはお祭り感のある企画が用意されていたし、「恋ダンス」や「ブルゾンちえみ」のような流行にも各クラブは躊躇(ちゅうちょ)なく乗っていた。強引にでも話題を提供していくことはエンターテインメントビジネスにおける成功の定石だ。

 フロント陣の軽いフットワークはBリーグの強みだろう。千葉はエゴサーチ(自己検索)を駆使してファンのツイートにも小まめにメッセージを返し、試合の感想を記したブログの紹介も積極的に行っていた。川崎ブレイブサンダース、名古屋ダイヤモンドドルフィンズはお堅い大企業を母体としていたチームだが、他競技から広報などの人材を登用。それぞれファン心理を突いた発信、イベントを行っていた。川崎は昨季からの観客数の増加率が244%を記録。今季B1でもっとも観客数を伸ばしたクラブになっている。

 とはいえ新鮮さを出し続けることは難しいし、一度うまくやれば次はファンの期待値が上がっている。リーグや各クラブに求められるのは、取り組みを単発で終わらせず、新しいアイデアを出し続けること。そもそもファンとの関係作りは息の長い話で、今は収穫でなく仕込みの時期だろう。

 栃木や琉球ゴールデンキングス、秋田ノーザンハピネッツといったクラブはBリーグ発足前からすでにプロの盛り上がりがあった。こういったクラブは単にファンが多いだけでなく、カルチャーが根付いている。例えば琉球のブースターは「あおらなくても盛り上がる」域に達していて、試合中も応援の誘導は控え目だ。ただしプロとしては後発の企業系クラブも、これから負けずに追随していくだろう。

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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