W杯の奇跡を支えた「マジックハンド」 エディーが称賛した異色のトレーナー

斉藤健仁

W杯でもリーチ主将のギックリ腰などを治療

W杯のスコットランド戦で負傷したマフィ。大会中の復帰は難しいかと思われたが、次戦のサモア戦に出場した。 【写真:アフロ】

 実際に15年W杯においても、渡英してから、WTBカーン・ヘスケスのギックリ腰を治療し、大会直前でケガをしたNo.8ホラニ龍コリニアシを予選プール3戦目に間に合わせ、さらに大会期間中は、ギックリ腰になったFLリーチ マイケル、左足首を負傷したHO堀江、太ももを負傷したSH田中史朗、股関節を痛めたNo.8アマナキ・レレィ・マフィらを治療して、試合に間に合わせることに成功した。

 大会期間中、特にスコットランド戦からサモア戦の間は中9日と時間があったため、堀江、田中、マフィを治療したことは佐藤本人から聞いて知っていたが、リーチもヘスケスも治していたことは今回の取材で初めて知った事実だった。またマフィは歩けないほどの状態だったが、結局、サモア戦でも控えから出場したことには驚きを隠せなかった。当時、佐藤はマフィの復帰に際して「体が大きいので、1日中、マッサージをしていましたよ!」と笑顔で語っていた。

 実は15年のW杯では日本代表だけが、一人もスコッドを交替させなかったチームとなった。それがエディー・ジャパンの快進撃を支えた一つの要因にもなった。「メンバーを帰さないことが僕の重要な役割でした」という佐藤は、大会期間中は、ホテルで朝から晩までほぼ治療に専念し、練習グラウンドに立つことはほとんどなかった。実は、佐藤が自分で髪をカットしていることを選手が知り、髪のカットも頼むようになり、「治療とカットの予約でいっぱいでした(苦笑)」と懐かしんだ。

堀江「目で見て、歩き方や姿勢で判断してくれます」

日本代表の堀江も、佐藤に信頼を寄せている 【写真:アフロスポーツ】

「W杯の1カ月半は精神的にも肉体的にもきつかったですが、今までで一番、仕事をしたなという感覚でした。エディーも選手もあれだけのことをやったら、南アフリカも倒せるということが再認識できた。通常では体験できないことを経験できて大きな財産になりました。その後の治療やトレーニングにも変化を与えてくれた」(佐藤)

 こうして選手の信頼を得た佐藤のところに、今もなおプロ選手やプロに近い、19年W杯を目指すラグビー選手たちが足を運ぶのは自然の流れであろう。

「40歳まで現役を目指している」堀江は佐藤の長所を「目で見て、歩き方や姿勢で判断してくれます。人によって治療やトレーニングが変わります。2019年以降、どれくらいできるかが大切だと思っています」とアスリートとして時間とお金を自分の体に投資している。またケガをした選手がいれば佐藤さんを紹介しているという。

 大学時代からお世話になり「ケガを治してくれる先生だとわかっていた」という立川は、春は左膝の治療で訪れていたが、「自分の弱いところと伸びシロを見つけてくれる。一般的なトレーナーとは違った視点で診てくれますし、痛めた場所を強化できる場所も教えてくれるので、いい刺激になっています」と全幅の信頼を置く。

 また昨年7月のスーパーラグビーの試合で左膝のじん帯と左足首を負傷していたFL金正奎も、当初、医者からシーズン中の復帰は難しいと言われたが、佐藤の治療からリハビリ、そしてトレーニングの甲斐あって、最短の4カ月で復帰。今年もサンウルブズの一員としてピッチを駆け回っている。「僕たちにわからないすごさがあります。本当に元の状態に戻してくれたので、本当に感謝してもしきれないくらい感謝しています!」(金)

19年W杯へ「どういう形でも力になることができれば」

「ケガした後よりも良くなって帰ってもらえればいい」と語る佐藤義人 【斉藤健仁】

 佐藤が治療するのはもちろんラグビー選手だけではなく、サッカー、フットサル、野球、陸上選手などもいるが、W杯を経験した後も、佐藤は「トップリーガーだけでなく中学生、高校生のラグビー選手も全部受け入れています。選手として、少しでもケガした後よりも良くなって帰ってもらえればいい」と、選手に寄り添う根本の思いは変わらない。

 日本でラグビーW杯が開催されるまであと2年あまり。佐藤は「選手たちは頑張っているので、2019年は、本当に頑張ってほしいですし、活躍してほしい。また、世界を驚かせるラグビーをしてくれれば最高ですよね!」とエールを送る。

「一度、ラグビー界に携わさせていただいたので、どういう形でも力になることができればと思います」。もしかしたら、日本代表チームや選手たちが再び「マジックハンド」の助けを必要とする時が来るかもしれない。そのときは佐藤もその思いに応える意志は固い。

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著者プロフィール

スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーとサッカーを中心に執筆。エディー・ジャパンのテストマッチ全試合を現地で取材!ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」、「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「ラグビー「観戦力」が高まる」(東邦出版)、「田中史朗と堀江翔太が日本代表に欠かせない本当の理由」(ガイドワークス)、「ラグビーは頭脳が9割」(東邦出版)、「エディー・ジョーンズ4年間の軌跡―」(ベースボール・マガジン社)、「高校ラグビーは頭脳が9割」(東邦出版)、「ラグビー語辞典」(誠文堂新光社)、「はじめてでもよく分かるラグビー観戦入門」(海竜社)など著書多数。

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