加藤恒平「僕にはサッカーしかない」 ハリルの秘密兵器が語るキャリア<後編>

中田徹

選手の優先順位は、やはり試合に出ること

「僕にはサッカーしかないですし、サッカーができることが幸せ」と語る加藤 【中田徹】

――今季、10月に監督が変わってから1カ月ほど、ベロエで試合に出られない時期があったそうですね。

 外国人枠の関係もあって、1カ月ベンチ外でした。 アルゼンチン以外ではどこのクラブでもスタメンで出ていたので、あらためて考え直しました。僕は今、モンテネグロ時代よりはるかに良いお金をもらっているのに、プレーしていない。試合に出ていないということは、僕としては仕事をしている感覚がないのに、懐は潤っている。それがすごく変な感じでした。モンテネグロで少ない給料でプレーした時の方が幸せでした。

 どんなに少ない給料でもいい。やはり、自分の感情の起伏は試合でしか味わえない。自分の良い面も悪い面も、試合だったら全部出せる。その場所がないのはすごくしんどかった。そう考えると、サッカー選手の優先順位は、やはり試合に出ることなんだなあというのをあらためて認識した1カ月でした。

――僕がサッカーを好きな理由は、人がつながることなんですよ。

 確かに。僕はこうやってサッカーをやらせてもらっていますが、周りの人のおかげです。僕は町田を辞めて所属チームがない時も「日本代表に入る」と言っていましたが、正直、ほとんどの人が笑ったと思います。それでも、少ないですが「一緒にやろうよ。お前がやるなら、俺も本気で目指す」という人がいたおかげで、今の僕があります。

――それは代理人の方ですか?

 そうですね。東京にいるトレーナーの方もそうです。「お前が諦めない限り、俺も諦めない。お前の夢は俺の夢だ」と言ってくれる人のサポートは何より心強い。絆ですね。自分が何か間違えた時は、本気になって怒ってくれる。大きくなると、本気で怒られることってないじゃないですか。だから、自分のために本気になってくれる人が周りにいるのは、すごく幸せです。僕ができることはプレーで恩返しすること。ピッチの上で結果を出して、代表になるなり、ワールドカップに出るなり、チャンピオンズリーグに出るなりすることが、唯一自分ができる恩返しだと思います。そのために何ができるかとなったらトレーニングしかない。

(チームメートと)ディスコに行ったりする時間よりも、トレーニングする時間の方が何より大事。それをしなかったら、自分をサポートしてくれる人たちへの裏切りになる。目標を達成するための努力は100%やらないといけないと思っていますので、周りの人から「サッカーしかない、つまらないやつだ」と思われても正直、どうでもいいですね。

 僕にはサッカーしかないですし、サッカーができることが幸せです。こういう生活をしていると9割はしんどいことですが、チームが勝ったときとかの1割の喜びが何十倍にもなるから、僕はサッカーをやっています。

――名門レフスキに勝ったこととか?

 はい。今このブルガリアにいることやポーランドに行ったこと、町田を1年でやめたことなどが正解かどうか、僕には分かりません。だけどサッカーをやめて振り返った時に、「行ったことは正解だったな」と思えるように、今努力して100%で生きようと思っています。

 明日、大けがをしてサッカーを引退するとなっても、僕はやることをやってきたので、悔いはない。どんなに“サッカーばか”と言われようと、真面目と言われようと、僕にとっては褒め言葉でしかない。このままサッカーばかを突き進めたら、本当のサッカーばかになるので、そこまで突き詰めたいです。中途半端なサッカーばかが一番よくないと思うんです。そこを突き抜けちゃえば(マルセロ・)ビエルサではないですが、“ロコ・デル・フットボール”(サッカー狂)になる。あれぐらい自分の中ではいきたい。

世界で愛されるサッカーというスポーツがすごい

――“ロコ・デル・フットボール”という言葉が出ましたが、戸田和幸さんの姿を加藤選手も町田で見ていましたよね。

 戸田さんはすごいなあと思いました。(オズワルド・アルディレス)監督といろいろあって試合に出られないと分かっているのに、早くクラブに来て準備していました。正直、戸田さんとそこまで会話はしませんでしたが、そういう姿勢を見て「この人はすごいな。プロだな。プロとしての責任とか覚悟を持っているんだな」と思いました。

 プロになっても、そういう選手って少ないんですよね。プロになっただけで満足している選手もいますし、ちょっとお金を稼いだだけですごいと思う選手もいます。それは自分がすごいんじゃなく、サッカーがすごいんですよ。

 さっき、ファンの人が「払うから」と言って、ウエートレスを僕たちのテーブルによこしましたよね。世界のどこに行っても、サッカーをすれば地元の人から気に入ってもらえる。それは自分がすごいのではなく、サッカーというスポーツがどれだけ素晴らしいかということ。そこに感謝しないといけない。これから先、どんなにお金をもらったとしても、“サッカー選手になった自分”がすごいのではなく、世界で愛されるサッカーというスポーツがすごいんだということを忘れたくありません。

――サッカーはとてもインターナショナルなスポーツで、とてもドメスティックなスポーツ。その矛盾に魅了されるのでしょうね。

 そんなもんじゃないですか。結局、生きることも死ぬこともそうですし、全てが表裏一体と言いますか。試合前、試合を楽しもうなんて僕は思っていない。正直、プレーするのが怖いんです。辛いし、怖いし、しんどいし、今日ミスしたらどうしようと思いますし、やってきたことがこの1試合でパーになるんじゃないかなという不安がある。どんなに準備をしても試合前はいつも不安なんです。

 でも、自信を持つためには根拠が必要じゃないですか。根拠のない自信は過信になります。じゃあ、その根拠は何なのかと言ったら、僕にとってはやっぱりトレーニングしかないんですよ。自分はこれだけやってきたから大丈夫と思えるためにも、僕はトレーニングをやっていきたいし、サッカーのことを24時間考えていたい。

 でも、本当に不安になってどうしようもない時には「別に死ぬわけではない」と開き直ったりもします。できたことも、できなかったことも結果。その“結果”に対し、自分が次、どうアプローチするかが大事なこと。結果は自分を成長させてくれるものという思いがあります。とにかく、自分はサッカー、サッカー、サッカーという考えでやっています。

好きなことで悩めるのは幸せなこと

――私もこうして好きなことを仕事にさせてもらっています。

 好きなことを自分の仕事にするって、周りの人が思っているより大変じゃないですか。「自分の一番好きなことなのに何でうまくいかないの!?」って……。でも、思うんですよ。好きなことで悩めるなんて、こんな幸せなことはないと。

 アルゼンチンに行くと、日本にはいないような子どもたちの姿を見るわけです。そこの親は子どもを満足させるような物を与えたり食べさせたりできないじゃないですか。日本の子どもたちが親からゲームを買ってもらった時に見せる笑顔と、アルゼンチンの貧しい子どもたちがゴミを漁って、何か着られそうな服を見つけた時の笑顔って一緒なんです。一緒なんですけれど、理由が全く違うんです。そこはやっぱり考えさせられました。同じ笑顔なのに、こんなにも理由が違うのかと。日本は本当に恵まれているし、自分も幸せだと思います。好きなことで悩めることというのは、とても幸せだと思います。

――今後、日本代表に入ったとしたら何を還元できますか? もしくはチームに付け加えられるものは?

 正直、分からないですね。日本代表のレベルがどれぐらいなのか、正直なところ分かりませんので。でも、楽しいだろうなあと思うんです。日本代表は本当にうまい人が集まる場所じゃないですか。サッカーって、何が楽しいかというと、うまい人とやることなんですよ。自分が負けたとしても、負けたことによって何をしなければいけないかが分かるじゃないですか。次に会った時にそれができるようになって、その選手よりうまくなっていたら、こんなにうれしいことはない。

――負けるとは?

 自分の持っていないものを持っている選手を見たりすること。自分のできる部分も分かるじゃないですか。代表では自分がどの位置で、どれ位できるのか、それを単純に知りたい。もしかしたら、思ったよりできるかもしれないし、全くできないかもしれない。でも全くできなかったら、僕の中ではそれはそれで収穫。そこのレベルに到達するためには何をすべきかという目標ができるわけです。それが新たなモチベーションになります。うまい相手と毎日、練習をし、試合をやって自分の中で課題を見つけて修正して、さらに自分の武器を増やせるか――。それが一番楽しいことなんです。

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント