旋風を起こす? 規格外の県1部チーム 天皇杯漫遊記2017 いわきFCvs.ノルブリッツ北海道

宇都宮徹壱

前半で圧倒したいわきだったが……

いわきは大量8点で圧倒。先制ゴールを決めた高柳(左)もハットトリックを記録した 【宇都宮徹壱】

 13時キックオフ。この日のとうスタは、メーンスタンドから見て左から右へ強い風が拭いており、桜吹雪がピッチに舞い込むほどであった。前半、風上に立ったいわきは、序盤から果敢に相手陣内に攻め込むも、北海道は身体を張った粘り強い守備でこれに対応。しばらくは両者スコアレスの時間帯が続く。その均衡が破られたのは前半24分。ゴール前で平岡将豪のパスを受けたFW高柳昂平が、相手の寄せをものともせず、右足を振り抜いて先制ゴールを挙げる。これが、いわきのゴールラッシュへの導火線となった。

 前半27分、再び平岡のラストパスから、今度は左サイドバックの菊池翔が決めて追加点。さらにその2分後には、右コーナーキックから2アシストの平岡が頭で合わせて3点目を決める。この時、北海道GK平加涼(身長182センチ)は「オーケー!」と叫んでキャッチしようとしたが、平岡(同173センチ)の瞬発力がこれに勝った。さらに44分、平岡のシュートがゴール右にそれたところを新田己裕がゴールラインギリギリで折り返し、これを井原楓人が左足で合わせて4点目。さらにその1分後に高柳がこの日2点目を決めて、いわきは前半だけで大量5得点を挙げた。

 風下に立った後半、いわきの攻撃力はいったん鈍ったかに思われたが、ここで気を吐いたのが、右MFで起用されたキャプテンの片山紳だった。後半12分、右からのきれいな折り返しで途中出場の金大生のゴールをおぜん立てすると、さらに2分後には高柳にもアシスト。7点目を決めた高柳は、ハットトリックを達成する。しかし大量得点と攻め疲れからか、いわきの守備に次第に緩みが出るようになる。後半29分、PKを献上して畠山直人に決められ7−1。後半45分には片山が自ら決めて引き離すも、アディショナルタイムに途中出場の伊古田健夫に2点目をきれいに決められてしまう。しかし、北海道の反撃もここまで。強靭(きょうじん)なフィジカルとチームの練度で上回るいわきには、やはり分が悪すぎた。

 かくして8−2で大勝したいわきが、2回戦でJ1の北海道コンサドーレ札幌と対戦することが決まった。会場は札幌ドーム……ではなく、札幌厚別公園競技場。それでもいわきのサポーターは「札幌でも勝つぞ!」と、大いに気勢を上げていた。天皇杯初出場ながら、早くもJ1クラブとの対戦が実現する。県1部のいわきにしてみれば、これ以上にない理想的な展開と言えよう。しかし一方で、いささかしっくりいかない試合内容であったのも事実である。理由は2つ。前半の北海道が脆すぎたこと。そして後半のいわきが、あまりにも締まりが悪かったことだ。

勝者と敗者、それぞれの事情

2回戦進出に喜ぶいわきの選手たち。J1クラブとの対戦に向けて課題は少なくない 【宇都宮徹壱】

 実のところ、この日の結果について試合後の監督会見を聞いていると、いろいろ考えさせられることがあった。まずは北海道の岡戸佑介監督。敗因について「(前半)20分を過ぎたあたりからポゼッションで支配され、マークのズレに対応できなくなったところで個の能力で決められた」としている。そして「言い訳ではないですが」と前置きした上で「われわれは(北海道リーグの)開幕前で、コンディションも良い状態ではありませんでした。屋外でちゃんと練習できるのはゴールデンウィーク明けで、良いコンディションになるのが6月というイメージですね」と語っている。

 北海道を含む地域リーグは、それぞれの事情に合わせた日程が組まれている。北海道リーグの場合、5月に開幕して9月に閉幕。本来ならば4月は「キャンプ」の時期に相当するのである。ところが今年から天皇杯が前倒しになったものだから「この時期での公式戦は初めて」(岡戸監督)という状況で天皇杯1回戦に臨むこととなった(もちろん天皇杯予選についてもしかりである)。桜の開花時期が異なるように、地域リーグ以下のチームもこの時期はコンディションのバラ付きはある。主催者側は、前述したような「アマチュアの事情」だけでなく「地域の事情」についても、果たして勘案していたのだろうか。

 一方、勝利したいわきにも大勝を素直に喜べない事情があった。その理由について、田村雄三監督は「サッカーをなめすぎていると選手にも伝えた。後半は、相手へのリスペクトを欠くようなプレーをしていた」と語っている。これまた、興味深いコメントだ。思うにいわきは、基本的に「勝つことが当たり前」なチームである。県3部だった15年も、2部だった16年も、いずれもリーグ戦は全勝優勝。今季も難なく優勝することだろう。これまでの彼らのチャレンジの場といえば、天皇杯予選、そして全社(全国社会人サッカー選手権大会)くらい。そうした試合を続けていると、選手が若いこともあり(この試合のスタメンの平均年齢は22.5歳)、得点を重ねるにつれてプレーに慢心が見られるようになったのも、無理からぬことだったかもしれない。

 田村監督自身、そこは十分に反省している様子で「僕のチームマネジメントの問題かもしれない」としている。それでも、いわきが規格外の県1部チームである事実に変わりはなく、今大会で旋風を巻き起こす可能性は十分に考えられる。当然、次の札幌戦はチームの真価が問われる一戦となろう。札幌が優位であることは間違いないが、怖いもの知らずのいわきが単なる「やられ役」に終わるとも思えない。県1部のチームが、カテゴリーが6つ上のJ1クラブに挑むという、天皇杯ならではの顔合わせ。6月21日に行われる2回戦で、最も注目すべきカードとなることは間違いない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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