わたくしも妻も6を買うと断言できます 「競馬巴投げ!第141回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

ギャンブル依存症は明確な伝染病だ

[写真3]レッツゴードンキ 【写真:乗峯栄一】

 野口英世はアメリカで梅毒スピロヘータを発見したあと、南米エクアドルやアフリカ・ガーナに渡り、一日18時間顕微鏡覗いて黄熱病菌を探し、結局発見できないまま、その黄熱病にかかって51歳で死ぬ。

 黄熱病ウイルスというのは野口の時代の顕微鏡では発見できないものだった。しかし大事なのは「病原菌はある」という野口の思いこみだ。まだ発見できないが、毎週毎週我々を競馬に駆り立てる超微粒子“ビービル”は必ずあるはずだと、21世紀の野口英世ならそう考える。

 中京競馬場12番柱の券売機の前を通ったとき奇妙な照射が来て、野口は夢遊病のようにワイルドダーティという汚い名前の最下位人気の馬券を買い、5分後ワイルドは人気通り最下位となる。このとき野口は何をするか。12番フロアの係員ドアを叩き、販売課長と渡り合う。

「私はアメリカ、エクアドル、ガーナと世界各地を渡り歩いて病原菌を突き止めてきたヒデヨ・ノグチだ。どうもこの12番柱の券売機から法定伝染・意志薄弱病のビービル、そう、いま話題の“ギャンブル依存症”の元になっているビービルが吹き出している。いいや課長、エクアドルの酋長もそうやって“黄熱病は伝染病じゃねえ”と言い張り無知蒙昧(もうまい)のそしりを受けた。ギャンブル依存症には必ず病原ビービルが存在する。ギャンブル依存症は明確な伝染病だ」

 しかしヒデヨ・ノグチのような熱血漢がいない限り、食物依存症(毎日食事をしたい)、セックス依存症(毎日セックスしたい)、ギャンブル依存症(毎日賭け事をしたい)という日常に埋没した依存症はなかなか治らない。病原ビービルが発見できないからだ。

あなたは競馬伝染病にかかった愛する人を抱きしめ、舐められますか?

[写真4]フィエロ 【写真:乗峯栄一】

 しかし、原因不明のビービルにみんながおかされ、みんながセックス依存症やギャンブル依存症にはまりこんだとき、そのときこそ真実の愛が試される。

「わたくしや妻は一切関わってないと断言できます」などと、どこかの国の首相は言うが、「わたくし」のことはともかく「妻」のことなんてどうして断言できるのか。自分が一緒にいないときに妻が何をしてるかなど、どうして分かるんだ。断言できるのは、妻が依存症ビービルにおかされたときに「わたくしがどう振る舞うか」ということだけだ。

 今日もタンスの奥に溜め込んだ五百円玉貯金をかすめ取って夫が出て行こうとする。

「あんた、また競馬行こうと言うんやね。わたしの大事な五百円玉貯金を盗んで」と妻が夫にすがりつく。

 このとき「えーい、放さんかい、バカ嫁が」などと嫁を突き飛ばしているようでは、この夫婦は「競馬ビービル」から永遠に解放されない。

「だめだ、オレの足にまとわりついたら、お前に競馬ビービルが伝染(うつ)ってしまう」と男は近づこうとする妻を手で制する。こう言わなければいけない。

 しかし妻は微笑みながら夫を抱きしめ、頬といわず口といわず舐め回す。

「お、お前どうしたんや? 普段手も握らないくせに急にベロベロと」と競馬伝染病夫は妻の態度に驚いて微かに呟く。

「へへへ、私汚いもの大好き」と妻はかまわず夫を舐め回す。決定的場面において夫は妻の異様な性格に気づく。

 そのとき「あなたは競馬伝染病にかかった愛する人を抱きしめ、舐められますか?」と荘重なナレーションが流れる。

 この方法しか“競馬依存症”にかかった夫を救うスベはない。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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