ソウルで見た「裏の」アジア最終予選 韓国の劇的逆転勝利から何が見えたか?

宇都宮徹壱

埼スタを気にしながら、韓国の逆転劇を目撃する

試合は後半40分、ク・ジャチョルの逆転ゴールが決まり韓国が2−1で勝利を収めた 【Getty Images】

 20時、定刻どおりキックオフ。日本対サウジアラビアの試合開始から30分後である。もちろん目前の試合も楽しみだが、一方でやはり埼スタの状況も気になるところ。スマートフォンでスポーツナビの速報を確認したところ、前半28分を過ぎたところで0−0だった。ホームの韓国は、地元記者が予想したとおり4−1−4−1のシステム。アンカーのキ・ソンヨンを起点にボールが回り、左MFのソン・フンミンが積極的にドリブルで仕掛けていく。対するウズベキスタンは4−2−3−1。右MFのマラト・ビクマエフのデュエル(球際の競り合い)の強さ、そして左サイドバックのビタリ・デニソフの豊富な運動量が目を引く。

 日本が清武弘嗣のPKで先制した5分後の前半25分、ソウルでもゲームが動く。韓国GKキム・スンギュが、前掛かりの位置からクリアしたボールをビクマエフに拾われてしまう。ビクマエフが左足で放ったループシュートは、キム・スンギュの頭上を超えてそのままゴールイン。次の瞬間、周囲にいたウズベキスタン人たちが一斉に喜びを爆発させ、激しく国旗を振りながら「ウ・ズベキ・スタン! ウ・ズベキ・スタン!」と祖国の名を連呼する。韓国のファンと衝突しないかとハラハラして見ていたが、バックスタンドはライト層が多かったこともあり、険悪な雰囲気にはならなかった。その後も韓国は攻め続けるも、相手の堅牢なブロックを崩せず、前半はウズベキスタンの1点リードで終了した。

 エンドが替わった後半も、韓国はウズベキスタンの粘り強い守備に苦しめられていた。そうこうするうちに埼スタでは、原口元気のゴールで日本に追加点が入ったことを確認。日本は2点リードとなった。一方、韓国は1点を追いかける展開。自分が何かをしたわけでもないのに、奇妙な優越感に浸っていた後半22分、ついに韓国が同点に追いつく。ホン・チュルのスルーパスに、パク・チュホが左から折り返し、これをナム・テヒが頭で押し込んで1−1。再びスマートフォンを取り出し、埼スタの状況を確認する。何と、サウジに1点返されている! しかも、アディショナルタイムが尋常でないくらい長く取られているようだ。何だよ「後半52分」って!?

 それでも辛くも日本が逃げ切ってくれたので、ほっと一息ついた。やれやれ、ようやく目前のゲームに集中できる──と思った後半40分、劇的なドラマが生まれる。左からのロングボールを、途中出場のキム・シンウクが高さを生かして落とし、最後はク・ジャチョルが左足を振り抜いてネットを揺らす。ピッチで大の字になったク・ジャチョルに、チームメートが駆け寄る映像がスクリーンに映し出されると、周囲にいた観客は全員が飛び上がり、手を取って喜びを分かち合っていた。試合はそのまま2−1で韓国が勝利。勝ち点3を積み重ねた韓国は、ウズベキスタンを抜いて2位に浮上した。

「プレーオフに回る」恐怖との戦い

試合後、シュティーリケ監督の62歳の誕生日を祝うメッセージがスクリーンに映し出された 【宇都宮徹壱】

 往路から一転、大混雑の復路を何とか乗り切って、ようやくホテルの最寄り駅に到着したのは23時近く。深夜までやっている定食屋に入り、遅い夕食を取りながらテレビに映るニュースを注視する。トップニュースはもちろん、大統領の政治スキャンダルの続報。いつになったら、今日の試合の映像が見られるのだろうかと思って見ていたのだが、頼んだチゲを食べ終わっても、ずっと同じニュースをやっていた。この日も週末ほどではないにせよ、各地で市民デモが行われていたらしい。その数パーセントでも、スタジアムに来てくれればもっと盛り上がったのだが。とはいえ今の韓国人にしてみれば、まさに「サッカーどころではない」というのが本音のようだ。

 さて、この日の観戦に向けて設定した、3つのテーマの「答え合わせ」をしておこう。まず、「最終予選を俯瞰的にとらえ直す」。正直、埼スタでのゲームが気になってしまい、目的を達成できたとは言い難い。それでも、日本と韓国における代表戦の位置付けが確認できたのは、個人的には収穫であった。日韓W杯が行われた時代と比べると、韓国国民は自国の代表チームに対して、すっかり冷めているという印象を受けた。スタンドの埋まり具合もそうだし、ユニフォーム着用率もバックスタンドでは非常に低い。その意味で、キックオフの数時間前から待機列に並び、スタンドを青く染め上げる日本のサポーターは、実は世界的に見てもかなり生真面目な部類に属していると言えよう。

 次に「韓国代表の現状を確認する」。これについては、試合後に象徴的な光景を見ることができた。観客が勝利の余韻に酔いしれていると、いきなりクリフ・リチャードの『コングラチュレーション』が会場に流れ、スクリーンにシュティーリケのポートレートと「HAPPY BIRTHDAY」の文字が浮かび上がった。くしくもこの日は、韓国の指揮官の62回目の誕生日だった。主催者の粋なはからいに、シュティーリケが満面の笑みを浮かべながら深々とお辞儀すると、スタンドからは温かい拍手が沸き起こった。韓国代表のチーム事情は、取材をしていないのでよく分からない。それでも、この日の「ギロチンマッチ」に劇的な逆転勝利を収めたことで、とりあえず来年もシュティーリケ体制が維持されることは間違いなさそうだ。

 最後に「日本がプレーオフに回った場合のことを考える」について。これについては、答えは明白だ。今の日本の実力では、プレーオフで必ず勝てるという保証はどこにもない。ウズベキスタンはアウェーの戦い方を熟知しており、デュエルの強さと守備ブロックの強固さには、韓国もかなり手を焼いていた。その韓国も世代交代が着実に進み、昨年のアジアカップ準優勝の頃からさらに進化している印象を受けた。おそらく今大会の5位決定戦は、かつてないほどレベルの高いものとなるはずだ。やはり日本としては、最低でも2位以内で最終予選を突破しておきたい。幸い、この日はオーストラリアがアウェーでタイに引き分け(2−2)、日本はサウジアラビアと同勝ち点の2位に浮上した。来年行われる最終予選の残り5試合は、まさに「プレーオフに回る」恐怖との戦いになりそうだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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