安美錦が大けがを乗り越え関取残留 “希代の業師”が家族とつかみ取った白星

荒井太郎

負傷から約4カ月で強行出場

5月場所2日目、栃ノ心に敗れた際に左アキレス腱を断裂。翌日には手術を受けた 【写真は共同】

 9月場所の番付は12年ぶりの十両。しかも下位の10枚目まで落ち、関取の座を維持するには、最低でも6番は勝っておかなくては安泰とは言えない。松葉杖の生活を経て急ピッチでリハビリを進め、さまざまな治療法も試みながら部屋の全体稽古に合流できたのは、9月場所初日の1週間前。左足は見るからに細くなり、体全体の筋肉は明らかに落ちていた。初日からの出場を明言したのは場所が始まる4日前。悲壮な決意で強行出場に踏み切った。

「思ったようには動かないけど、相撲を取るのが仕事。少しでも取れると思ったらそこに懸ける。今までもそうしてきた」

 果たして、初日の朝弁慶戦は「下がり出してビビってしまった」と電車道で一方的に押し出された。それでも取組後の笑顔交じりの表情からは、黒星による悔しさよりも土俵に上がれる喜びがにじみ出ていた。翌2日目に初白星を挙げるも序盤は1勝3敗と苦しい星勘定。それでも次第に険しくなっていく表情は勝負師そのもの。気力はみじんも衰えていない証拠でもあった。

「今までで一番うれしい勝ち越し」

「しっかり気持ちを切り替えて」と5日目から4連勝。8日目は同じ青森県出身の“国モン”、17歳年下の阿武咲に対し、右から張って相手の当たりを止めると右からのすくい投げで降し「年は関係ない。バチバチのいい勝負をしてやろうかと思った」と気力でも20歳の新鋭を上回った。“ノルマ”である6勝目は3日間足止めを食ったが、12日目に達成した。

「ここを目指して来たんで今日は少しだけ喜んで、残り3日を頑張るよ」

 相撲人生の窮地に陥りながら“土俵際”で何とか踏みとどまった大ベテランは千秋楽、場所前には考えられなかった勝ち越しを決めた。

「家族でつかみ取った白星かな。今までで一番うれしい勝ち越しだね」と細い目が一層、細くなった。無理がたたり、場所中は患部周辺に痛みを感じながらの土俵だったが、来場所はしっかりケアをして一層の巻き返しを図ってくるだろう。

「早く帰って(妻と)抱き合って喜ぶよ(笑)」

 最後は“家庭人”全開の“仕事人”の満面の笑みだった。

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著者プロフィール

1967年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、百貨店勤務を経てフリーライターに転身。相撲ジャーナリストとして専門誌に寄稿、連載。およびテレビ出演、コメント提供多数。著書に『歴史ポケットスポーツ新聞 相撲』『歴史ポケットスポーツ新聞 プロレス』『東京六大学野球史』『大相撲事件史』『大相撲あるある』など。『大相撲八百長批判を嗤う』では著者の玉木正之氏と対談。雑誌『相撲ファン』で監修を務める。

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