3000安打達成後にイチローが語ったこと 試合後会見での言葉をひも解く

丹羽政善

さまざまな環境で変えなかったもの

歓声に応えるイチロー 【Getty Images】

 では、さまざまな環境が変わる中で、変えなかったものは何か。その問いに対する答えは、少々重いものだった。

「感情を殺すことですね。このことは、ずっと続けてきたつもりです。今日、達成の瞬間はうれしかったんですけど、途中、ヒットをがむしゃらに打とうとすることが、いけないことなんじゃないかって、僕は混乱した時期があったんですよね。そのことを思うと、今日のこの瞬間は当たり前のことなんですけど、いい結果を出そうとすることを、みんな当たり前のように受け入れてくれていることが、特別に感じることはおかしいと思うんですけど、僕はそう思いました」

 ヒットを打ち、次々に記録が生まれる中で、イチローに対する嫉妬が生まれた。マリナーズ時代の08年は特にひどかった。イチローは自分を守る手段として感情を消していった。悲しいさがだった。

 ただ今後、イチローは当たり前のことをしたいと願う。

「もう少し……感情を無にしてきたところを、なるべくうれしかったらそれなりの感情を、悔しかったら悔しい感情を、少しだけ見せられるようになったらいいなと思います」

言葉に詰まった質問の真相

 約30分の会見。試合後に移動するため、当初、会見は20分程度で、と広報から通達されていたが、やはり伸びた。飛行機の時間が決まっていなければ、そのまま40分、いや、50分は続いたかもしれない。

 すぐ横にクリスチャン・イエリチが現れた。チームメートを代表して取材に応じてくれるという。下がるときイチローはイエリチとがっちりと握手をしてから、クラブハウスに戻った。

 イエリチの会見も終ると、多くが通路でそれぞれの取材対象者を見つけては話を聞いた。イチローの代理人のジョン・ボッグス氏も囲まれた1人。彼はこんなエピソードを口にした。
 
「私はこれまで、(クライアントだった)トニー・グウィンとポール・モリターの3000安打を見届けた。イチローとモリターがともに三塁打で達成するなんて、奇遇だね。あと、グウィンは、昨日の日付(8月6日)に達成したんだ。いろいろ偶然が重なった」

 ちなみにボッグス氏もマイアミ、シカゴ、デンバーとイチローを追いかけた。
 
「明日はサン・ディエゴに帰る。しばらく家を離れていたから、奥さんに自己紹介しなきゃ」

 さて、そのボッグス氏は最後まで会見を見守ったが、弓子夫人も会見場にいた1人だ。もちろんイチローには見えていた。だから、だった。

 当日の会見で、「誰に一番感謝を伝えたいか?」と聞かれて、少し言葉に詰まる。翌日、イチローは照れながら言った。

「昨日も記者会見の時に彼女はいたんですけど、誰に最初に伝えたいかって聞かれた時に、もちろん(彼女が)頭に浮かんだんですけど、そこにいたので、それは言えなかったし……。僕もそういうの苦手ですからねぇ」

 あれから1週間。

 イチローは3安打加え、大リーグ通算安打を3003安打とした。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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