幕を閉じたスペイン代表「黄金の8年間」 軽快なパスサッカーを追い求めた代償

木村浩嗣

一体ではなかったスペイン代表

今大会、スペイン代表が思ったほど一体ではなかった事実が明らかになった 【写真:aicfoto/アフロ】

 スペインがユーロ(欧州選手権)2016のラウンド16でイタリアに0−2で敗れてから約1週間、チームが思ったほど一体ではなかった事実が明らかになった。

 契約が切れる7月31日をもって退任を決めたビセンテ・デル・ボスケ監督が、そのお別れの手紙をイケル・カシージャスのみに送らなかったことを公表したのだ。ダビド・デ・ヘアに正GKの座を譲ったカシージャスは裏方としてチームを支えているように傍目には見えたが、そうではなく、デル・ボスケらテクニカルスタッフとは口も利かない関係になっていた。公にする必要はなかったことだが、温厚なデル・ボスケもよっぽど腹に据えかねていたのか。

 グループステージ第3戦、大事なクロアチア戦のよりによって前日、「チームの和作りのためだけに呼ばれているのなら、来ない方が良かった」とペドロ・ロドリゲスが出番のない不満をぶちまけたこともあった。あの“ペドリート”、デル・ボスケのお気に入りのおとなしい男がである。こうした報道を見ていると合点がいく。「ああ、だからチームはあんなに精神的に脆かったのか」と。

 一度つまずくとガタガタと崩れる一方になり、逆境を跳ね返せない。ワールドカップ(W杯)・ブラジル大会ですでに見られた傾向だが、今回はさらに顕著だった。

空回りしたセルヒオ・ラモスのリーダーシップ

クロアチア戦でPKを失敗したセルヒオ・ラモス(15)。そのリーダーシップは空回りした 【写真:ロイター/アフロ】

 6月21日(現地時間)のクロアチア戦(1−2)終了直前に勝ち越しゴールを奪われると、敗戦から6日もあったのに、選手たちはそのショックをひきずったままイタリア戦に臨んだ。最初の20分間圧倒されると、その自信が二度と回復することはなかった。

 あの試合の前半ほどボールを触りたがらない選手たちを見たことがない。パスサッカーはカウンターのリスクを引き受けることで成り立っているのだが、パニックに陥ったチームの選択は、大きく前に蹴ること、つまり、自分たちのスタイルの放棄だった。ファウルの笛が吹かれるたびに抗議して貴重な時間を費やしてもいたが、それをとがめる者もいなかった。

 チームにはリーダーが不在だった。

 カシージャスなき今、キャリアから言えば130試合を超える出場試合を誇るセルヒオ・ラモスがリーダーとなるべきだった。しかし、彼のリーダーシップは空回りした。それを象徴するのが、クロアチア戦でのPK失敗の場面である。

 キッカーと決められていたダビド・シルバ、セスク・ファブレガス、アンドレス・イニエスタを差し置いて「俺が蹴る」と名乗り出たのが、決してスペシャリストではない彼だった。それを見てレアル・マドリーのチームメート、ルカ・モドリッチはGKに「最後まで動くな」とアドバイス。フェイントに引っ掛からなかったGKは真ん中に蹴られたボールを難なく弾き出した。

 4年前のポルトガル戦でセルヒオ・ラモスは“パネンカ”と呼ばれるチップキックでPKを決めていた。パネンカは1976年のユーロ決勝でチェコスロバキア(当時)を優勝に導くPKを決めた選手で、イタリア戦の前日がその伝説のPKの40周年だった。セルヒオ・ラモスの性格を知るモドリッチは「オマージュを捧げるのでは……」と読んでいたのだった。PKキッカーには自信が必要だが、功を焦った彼のそれは過信だった。スペイン代表に必要なのは、そんなセルヒオ・ラモスを制して「チームのために……」とシルバ、セスク、イニエスタにボールを渡すタイプのリーダーだったのだ。

 戦術的にも限界が見えた。スペインには「いつものサッカーをする」以外の選択肢がなかった。

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著者プロフィール

元『月刊フットボリスタ』編集長。スペイン・セビージャ在住。1994年に渡西、2006年までサラマンカに滞在。98、99年スペインサッカー連盟公認監督ライセンス(レベル1、2)を取得し8シーズン少年チームを指導。06年8月に帰国し、海外サッカー週刊誌(当時)『footballista』編集長に就任。08年12月に再びスペインへ渡り2015年7月まで“海外在住編集長&特派員”となる。現在はフリー。セビージャ市内のサッカースクールで指導中。著書に17年2月発売の最新刊『footballista主義2』の他、『footballista主義』、訳書に『ラ・ロハ スペイン代表の秘密』『モウリーニョ vs レアル・マドリー「三年戦争」』『サッカー代理人ジョルジュ・メンデス』『シメオネ超効果』『グアルディオラ総論』(いずれもソル・メディア)がある

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