政治に翻弄されたウクライナ代表FW ユーロ本大会で英雄に返り咲けるか

ウクライナの英雄から裏切り者へ

ウクライナ代表のイェウヘン・セレズニョフ(左端)はファンから最も愛される選手の1人だったが…… 【Getty Images】

 わずか数カ月前まで、ウクライナ代表のイェウヘン・セレズニョフはファンから最も愛される選手の1人だった。2015年11月14日(現地時間)に行われたユーロ(欧州選手権)2016予選のプレーオフでは、スロベニアとの第1戦でゴールを決め、2−0の勝利に貢献。チームは敵地での第2戦を1−1で切り抜け、セレズニョフは愛する母国を本大会へと導く立役者となった。

 所属していたドニプロでも14−15シーズンは下馬評を覆してヨーロッパリーグ準優勝を果たすなど、15年はセレズニョフにとって特別な1年となった。30歳となり、脂の乗り切った長身ストライカーは、キャリア最高の状態で新年を迎えた。ユーロ本大会ではウクライナの主力として活躍する――そう国民から期待を寄せられた。ウクライナとポーランドが共催した前回大会では、代表メンバーに選ばれるも出番がなかったため、本人も今大会にかける思いはひとしおだった。

 だが今年の2月、わずか数日で状況が一変する。本人も、自身の決断が波紋を呼ぶことは予測できていたはずだ。それでも覚悟を決めて、新たな挑戦に踏み出した。ロシア・プレミアリーグのクバン・クラスノダールと契約を結んだのだ。

チームメートやファンからの痛烈なバッシング

ロシアのクバン・クラスノダールと契約したセレズニョフ(右)は痛烈なバッシングを受けることになった 【Getty Images】

 セレズニョフは一夜にして、英雄から裏切り者へ転落した。言うまでもなく、ウクライナとロシアは、クリミア半島の帰属をめぐって紛争状態となっている。よって、ファンも報道陣も彼を痛烈にバッシングした。代表のチームメート(アンドリー・ヤルモレンコとイェウヘン・カチェリディ)さえも、「自分たちならどんな状況に追い込まれてもロシアには移籍しない」と、セレズニョフを糾弾するコメントを残した。

 ディナモ・キエフの英雄で、ウクライナ代表監督も務めたことのあるヨーゼフ・サボに至っては、他の代表選手たちに注意を喚起した。「全てのウクライナ人選手にお願いしたい。敵に仕えないでくれ! 誘いを断れ。私なら絶対に断る。敵のために働くのは間違っている。セレズニョフがクバンに移籍した最大の理由は金銭だろう。彼を批判するわけではないが、もし私が彼の立場なら、ロシアへの移籍は絶対に断ったはずだ。ウクライナが問題を抱えていることは百も承知だ。しかし、移籍するのならロシアではなく、他国のクラブを見つけるべきだ」

 ファンからは、より過激な発言が飛び出した。ネット上には、こんな書き込みさえ見られた。

「売国奴め! セレズニョフ、お前は自分のことしか考えないのか。戦場で、プーチンの手下から弾丸の雨を受けている、われわれの同胞のことを考えたか? そして、彼らの家族や子供たちのことを。どうせ、お前は考えないだろう。お前はあいつらのリーグへ移り、あいつらを楽しませるのだからな。だが、オレグ・グセフを見てみろ。彼はクバンから2倍の額を提示されても魂を売らなかった。グセフはわれわれの元に残った。彼こそ男であり、愛国者だ。それに比べてお前は単なるロクデナシだ」

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著者プロフィール

1961年2月13日ウィーン生まれ。セルビア国籍。81年からフリーのスポーツジャーナリスト(主にサッカー)として活動を始め、現在は主にヨーロッパの新聞や雑誌などで活躍中。『WORLD SOCCER』(イングランド)、『SID-Sport-Informations-Dienst』(ドイツ)、日本の『WORLD SOCCER DIGEST』など活躍の場は多岐にわたる

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