19歳のラキティッチが選択した代表国 背中を押した元セルビア代表との絆

スイス育ちのラキティッチがクロアチアを選んだ理由

スイスで生まれ育ち、年代別のスイス代表でプレーしたラキティッチは、19歳の時にクロアチア代表を選択した 【写真:Maurizio Borsari/アフロ】

 スイス代表のウラジミール・ペトコビッチ監督は、3月29日に行われた親善試合でボスニア・ヘルツェゴビナになすすべもなく0−2で敗れると、険しい表情を浮かべた。チューリヒで行われたその一戦、スイスは完全に中盤を支配されたのだ。とはいえ、指揮官が眉をしかめたのは、スイス代表を選択することもできた世界的MFの顔が頭に浮かんだからではない。何しろスイスがその逸材を逃したのは、10年近くも前の話なのだ。それでも、もしかすると一部のスイスファンは、バルセロナのMFイバン・ラキティッチがクロアチア代表ではなくスイス代表を選んでいたら……。そんな妄想に駆られたかもしれない。

 ご存知の方も多いと思うが、いまやクロアチア代表の中心選手であるラキティッチは、クロアチア人の両親のもとスイスで生まれ育ち、7歳でスイスの強豪・FCバーゼルの下部組織に加入した。その後も順調に成長を遂げ、2005年にはトップチームでデビュー。スイスの世代別代表(U−17、U−19、U−21)でもプレーした。

 しかしラキティッチは07年、シャルケに加入した19歳の夏にフル代表の選択を迫られ、スイスではなく両親の祖国であるクロアチアを選択した。当然、スイス国民は彼の決断に納得しなかった。「教育を施した国への感謝を忘れた恩知らず」――そんな誹謗(ひぼう)中傷がラキティッチを襲うことになった。そして彼の元には、嫌がらせの手紙どころか、脅迫状まで届いたという。

 だが、ラキティッチの決心は決して軽率なものでなく、論理的かつ本能的な判断だった。彼は、自分の心に答えを求めたのである。その決断について、ラキティッチは一度も後悔したことがないと強調している。

「僕は自分のことをクロアチア人だと思っているし、あれは自分の心がはじき出した答えだったのさ。スイスには非常に感謝しているけれど、僕はクロアチア人なんだ。父や兄弟、そして当時の代表監督スラベン・ビリッチとも話し合った。それでも、最終的には自分で決断した。実は、無意識のうちに自然と答えは出ていたのかもね」

ラキティッチからボスニアクラブへの贈り物

シャルケのチームメートだったラキティッチ(右)とクルスタイッチ(左)。先輩もラキティッチの選択を後押しした 【Getty Images】

 あまり知られていないことだが、ある1人のセルビア人もラキティッチの背中を押していた。シャルケに加入したラキティッチは、既に同クラブでリーダー的存在だった元セルビア代表のムラデン・クルスタイッチと、すぐに固い友情で結ばれるようになった。そしてラキティッチは、14歳年上の先輩に代表国の選択について相談したのだ。

 当時について、クルスタイッチはこう振り返っている。

「彼にとっては大変な時期だったと思う。彼と彼の家族はスイス国民から大きなプレッシャーを受けていたからね。そんな時、彼は私に意見を求めた。だから、私はこう聞き返したんだ。『お前の心臓の音はどこから聞こえるんだ? クロアチアか、スイスか? お前はクロアチア人なんだから、クロアチア代表でプレーしても変じゃないはずだ。自分の国を選べばいい』とね。どんなに重圧がのしかかろうと、私ならそう選ぶと彼に伝えたんだ」

 ラキティッチの鼓動は、やはりバルカン半島から聞こえてきた。こうしてクロアチア代表を選んだラキティッチは、今もバルカン半島の絆を忘れていない。先日、こんな心温まるストーリーがあった。

 セルビアとの国境にほど近いボスニア・ヘルツェゴビナの町に、ラドニク・ビイェリナという小さなクラブがある。現在、そのクラブの会長を務める人物こそ、クルスタイッチなのだ。

 あるとき、クルスタイッチは共通の知人を通じてラキティッチに電話を入れた。すると何気ない会話から、同クラブのスタジアムにある古びた手動式スコアボードに話が及んだ。クルスタイッチは、新しい掲示板をプレゼントしてくれないかと尋ねたという。するとラキティッチは「もちろんさ。商談成立だね。送金するので額を教えて」と即答したという。こうしてボスニアの地方クラブに、22平方メートルの最新式LED電光掲示板が設置されることになった。それは、バルカン半島の絆が生んだ贈り物だった。

(翻訳:田島大/フットメディア)
  • 前へ
  • 1
  • 次へ

1/1ページ

著者プロフィール

1961年2月13日ウィーン生まれ。セルビア国籍。81年からフリーのスポーツジャーナリスト(主にサッカー)として活動を始め、現在は主にヨーロッパの新聞や雑誌などで活躍中。『WORLD SOCCER』(イングランド)、『SID-Sport-Informations-Dienst』(ドイツ)、日本の『WORLD SOCCER DIGEST』など活躍の場は多岐にわたる

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント