期待される若きフランス代表に故障者続出 ユーロ開催国の盛り上がりとテロの影響

木村かや子

フランスが勝ち進めば、ユーロは盛り上がる

ジダンのいたころの熱狂的さはないものの、現フランス代表は国民から人気を集めている 【Getty Images】

 6月1日現在、パリの町はテニスのローランギャロス(全仏オープン)に沸いており、ユーロ(欧州選手権)2016のはっきりとした気配はまだない。各国の代表たちが準備試合を終え、フランスのベースにやって来れば町も沸き立ってくるのだろうが、今は、店先にフランス代表グッズが並び始めた程度で、まだ静かなものだ。

「南米などのある種の国と違い、フランスでは、実際に大会が始まる前にお祭り騒ぎをしたりはしないんだ。でも試合が始まり、フランス代表がいいプレーをすれば、ちゃんと盛り上がっていくんだよ」

 1998年ワールドカップ(W杯)前に、開催国フランスの盛り上がり具合について取材したとき、仏『レキップ』紙の記者がこう言ったことを覚えている。そして実際、その通りのことが起きた。恐らく今回もそうだろう。

 ディディエ・デシャン率いる“レ・ブルー”(フランス代表の愛称)は、健康的な人気がある。それは、14年のW杯リオデジャネイロ大会でベスト8入りした、連帯感のあるイキのいいプレーから生まれた人気でもあり、その後の親善試合を通して見せた、攻撃的プレーと勝利で培われたものでもある。

 98年W杯時のジネディーヌ・ジダンのいた代表に対するような、熱狂的な人気ではないし、国民は優勝を期待しているわけではない。しかし、アントワーヌ・グリーズマン、ポール・ポグバ、ラファエル・バランら、肝の座った若手たちを背骨とした若いフランス代表は、そこそこやるのではないか、と心密かに思わせる何かを持っている。

 後述する、大会直前に起きた主力の故障で、ピッチ上の不安が強まりつつあるとはいえ、今のフランス代表には、かつて代表を取り巻いていた険悪な雰囲気や、内部分裂など、プレー外の問題はない。そしてそれは、わがままを許さず、嫌われることを恐れない強い性格を持ちながら、同時に父のような温かさをもってチームを育ててきた、デシャン監督の手腕によるところが大きいだろう。デシャンは基本的に誰にでもチャンスを与えるが、チームの空気を汚すと判断すれば、それが誰であれ招集しない。口で多くを語ることなく、行動で――ピッチ上で協力し合いながら全力を尽くす、好感度の高いプレーを展開させることで、密やかかつ速やかに代表の人気を回復させた。

心配なテロの影響、会場は安全なのか?

ユーロではエッフェル塔前の広大なシャン・ド・マルス公園などにファンゾーンが設けられた 【Getty Images】

 しかし今、ビジターにとって気懸かりなのは盛り上がりうんぬんより、むしろ、昨年11月から数度にわたってフランスを襲った、テロ攻撃の影響だろう。フランスは先ごろ、同時多発テロ後に発した緊急事態宣言の期間を7月26日まで2カ月間延長し、この期間に行われるユーロとツール・ド・フランスでも、厳しい警戒態勢を取ることを決めた。3月に起きたベルギーの爆弾テロ事件、そしてその犯人逮捕の後、ユーロ期間中にフランスでテロ攻撃を行う計画があったことが報じられていただけに、いわば当然の措置だった。

 仏内務大臣のベルナール・カズヌーブ氏は5月25日、ユーロの際には計7万7000人の警官と憲兵に、民間警備員と軍隊を加え、9万人を動員して警備に当たる、と発表した。そしてその直後に、在仏日本大使館はユーロ時の行動に注意を促すメールを、在仏日本人宛に一斉に送信。大会中はサッカー競技場、ファンゾーン、多くの人々が集まって観戦するカフェ、サッカー観戦に向かう行列や渋滞には、不用意に近づかないよう忠告していた。

 しかし、この日本ら他国の警戒度と、フランス国民のそれとは、かなりの温度差がある。フランス国民は危険があり得ることを意識してはいるが、今やごく普通に生活しており、あまり神経過敏になっている様子はない。どこで何が仕掛けられるか分からない中、注意したからとテロを避けられるわけではない、と知っているからでもあるのだろう。

 実際、5月30日に発表された市場調査の結果では、64%のフランス人が、保安を理由にしたファンゾーンの廃止に反対している。ご存知の通り、ファンゾーンとは、試合会場のある町でスタジアムに赴けないサッカーファンたちが巨大スクリーンの前に集い、共に試合を観戦したり、コンサートを楽しんだりする場所だ。パリでは、エッフェル塔前の広大なシャン・ド・マルス公園、そしてサンドゥニにも設けられる。

 元フランス警察の責任者フレデリク・ペシェナーが、10万人の観衆を受け入れられるエッフェル塔前のファンゾーンは「テロリストに大量殺人の好機を与える」と言ったことは有名である。確かに、試合日には多くの人でイモ洗い状態になるファンゾーンの真っただ中で自爆でもされたら、多くの死傷者が出ることは避けられない。

 とはいえ、今回のユーロではファンゾーンは重装備の警官に加え、400人の民間警備にガードされる予定で、ゾーンの中に入るには、持ち物検査、身体検査、金属探知機などを通りぬけなければならない。セキュリティカメラ、警察犬も使われ、大きめの荷物を持った者は、ゾーンに入ることを許されないので、街角のカフェなどで観戦するよりずっと安全ではないか、という意見もある。政府は各地方団体に、ファンゾーンのような警備を受けられない、市町村レベルでのパブリックビューイングは控えるよう呼び掛けている。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

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