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本田圭佑の哲学を理解する男、須藤右介
「ソルティーロFC」の実態に迫る 後編

本田が込めたもう一つの思い

ソルティーロFCユースを率いる須藤監督
ソルティーロFCユースを率いる須藤監督【スポーツナビ】

 日本代表の本田圭佑が、自身の哲学を伝えるべく新たに立ち上げたクラブ「ソルティーロFC」。「世界で通用する選手の育成」を理念に、豪華なスタッフと真新しい最先端の施設を備え、オーストリア3部のSVホルンをピラミッドの頂点に持つ育成型クラブである。プレー面での向上は多くのクラブが志している部分ではあるが、もう一つ、このクラブは他とは決定的に違う特徴を持っている。


「グローバルな社会に貢献できるような人材育成」


 この活動理念には本田の強い思いが込められている。


 日本全国を見渡せば、育成年代(2種以下)のサッカー競技人口は約76万人。日本サッカー協会に登録していないプレーヤーを含めると、その数はさらに増える。しかし、その全員がプロを目指しているわけでもなければ、目指していたとしてもプロになることができる選手はほんのひとにぎりである。


 では、選手育成における目的とはなんだろうか。健康促進やグループにおける行動体験など多岐にわたる価値が思い当たるが、本田がこの組織に設けた育成テーマは前出の「グローバルな社会に貢献できるような人材育成」であった。


 ソルティーロFCユースを率いる須藤右介監督はこう語る。「ここの選手がプロになったら最高ですけれど、全員が全員プロになれるわけがない。でも将来、ソルティーロの子どもたちが社会に出たときに、リスペクトされて、良い仕事ができて、注目されるような人間になってほしい」と。プレー面ではない部分の育成にも重きを置き、ソルティーロファミリーで一貫した指導を行い、「世界で通用する選手の育成」との両立を目指している。


 それゆえに、社会への第一歩を踏み出す前の高校生年代が在籍し、SVホルンの直下に位置するソルティーロFCユースに求められる使命は計り知れない。ここでの成果が、本田の目指すゴールに直結していると言っても過言ではないのだ。

実績のない須藤が抜てきされた理由

名古屋に本田と同期で加入した須藤(左)。当時、濃密な時間を過ごし、サッカー観を共有し合っていたという
名古屋に本田と同期で加入した須藤(左)。当時、濃密な時間を過ごし、サッカー観を共有し合っていたという【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 本田はその重要なポジションであるソルティーロFCユースを須藤に託した。決して名古屋グランパスで同期だったからという理由ではない。指導者としての実績はまったくない須藤が、この重役を任された理由とはいったい何だったのか。


「本当に馬鹿なのか友達がいないのか(笑)。それは冗談ですけれど、本田とは18歳のときから一緒にサッカーをしてきた経験があり、その中でよく一緒にサッカーを見たり、ゲームや食事をしながらサッカーの話をしていた。やっぱり彼は少し変わっているじゃないですか。少しみんなとは違う視点で物事を言うんです。そこでみんなは『ん?』ってなってしまう。でも、僕は彼が言ったことに対して、『自分はこう思っている』と伝えていたんです」


 当時を振り返る須藤の表情は、サッカーに魅了された少年のように晴れやかだ。本田との時間もこのような表情で過ごしていたに違いない。須藤は続ける。


「名古屋の時も、彼は試合に出ていたけれど、『あのプレーはどうだった』とか、僕は試合に出ていないのに会話が成り立っていた。それは自分たちのプレーだけではなく、(フランチェスコ・)トッティが1トップに入り、ローマがゼロトップ(システム)だったときのセリエAとかを本田の家でよく見ていろいろな話をしていた。多分そういうことをよくやっていたから、お互いの感覚も分かっているし、信頼してくれたのかなと思います」


 須藤は昨シーズンまでSC相模原でプレーをしており、チームの中心的選手として活躍していた。もちろん、セカンドキャリアとして、「指導者」という道は考えていたという。そんな須藤に本田が声をかけてきたのは、今から4年も前のことになる。


「松本山雅FCにいた時ですね。何気ない会話をしていた時にいきなり、『俺、チーム作ったりとかいろいろと考えているから、その時はお前コーチやれよ』みたいな感じで言われました。その時は試合に出ていたし、いやまだいいでしょ、みたいな感じに返事をしたと思います」

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