本田圭佑の哲学を理解する男、須藤右介 「ソルティーロFC」の実態に迫る 後編

スポーツナビ

現役引退を決意した本田の言葉

本田の言葉が胸に響き、昨シーズン限りで現役生活を退くことを決意した須藤 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 その後、須藤がブラジルを経てFC岐阜へ加入することになり、日本へと戻ってきた2014年、本田と再び食事をすることになった。都内の高級ホテルに案内された須藤の元に、スーツを着こなした本田が現れる。「久しぶりに会って、上に行ったんだなあ、って思いましたね。でも彼の内に秘めるところは変わっていなかった」と、須藤は当時を振り返る。以前と変わらずサッカー談議に花を咲かせていたところ、本田が突然「前に言っていたグラウンドとかチーム、もうそろそろできるぞ」と切り出した。しかし、この時も須藤は、「まだサッカーをする気で考えている」と返事をするにとどまった。

 翌15年、本田が話していた「グラウンド」であるZOZOPARK HONDA FOOTBALL AREAが完成間近だという記事を目にした須藤は、「マジでできるんだな」と本田に話しかけた。すると本田はこう返したと言う。「もう着々と進んでいるから。どんどんお前を置きたいと思うポジションに人が入ってくる。このままだと指導者として置いていかれるぞ?」と。

「要は僕の5年後を考えたとき、J2で試合に出たり出なかったりしながらも2、3年選手を続けて指導者になるのと、今辞めて5年後に5年間分の指導者としての勉強をやったのとでは経験が全然違う。彼はそれが言いたかったのだと思います」

 この本田にかけられた言葉が須藤の胸に響いた。

「その時、年齢と選手として戦っていたカテゴリーを考えました。J3だった。サッカー選手かもしれないけれど、日本の3部リーグ。そこで残りの3年間やって、昇格や降格よりももっと大事なものが何か見えるかな、と想像したときに見えてくるものがなかった。5年後のことを考えていくと、ソルティーロで指導者をやる方が太い未来、大きな未来があるのかなと感じました」

 悩んでいた須藤の元に、「どうだ、決めたか?」と本田から連絡が入る。

「絶妙なタイミングで連絡が来るんですよ(笑)。ちょっと迷っているって言ったら『シンプルに考えたらすぐに決断できるぞ』と。あいつ、そうゆうことを言うんですよ。お前(本田)とは違う道かもしれないけれど、こっちだって選手として11年間やってきているんだから、と心の中では思っていましたけれど(笑)」

 それでも、ついに引退を決意した須藤は、そこから猛勉強を始めた。シーズンが終わるとすぐにC級ライセンスを取得し、現在は最短でのB級ライセンス取得を目指している。

日本の子どもたちに伝えたいこと

自身と本田の哲学を子どもたちに伝えるため、須藤は指導者としての道を歩み出した 【スポーツナビ】

 もう一つ、本田が須藤を起用した大きな理由がある。それは「情熱」。ソルティーロの活動に欠かすことができないキーワードであり、本人も情熱を買われたことを強く自負していた。

「サッカーに対する情熱は僕も自信があるんです。本田と同じくらいの情熱を持っています。彼はその情熱をプレーで表現できると思うが、本田は僕に(ハビエル・)マスチェラーノとか(セルヒオ・)アグエロとか(アンヘル・)ディ・マリアみたいな選手を育てられると思うから監督をやってくれと言ってきたんですよ。自分が持っているものを子どもたちに伝える、という意味では、僕にできると思って言ってくれたんだと思います」

 高い目標を達成しようとした時に、情熱は必要不可欠だ。本田自身も試練に直面すると自分自身に「情熱は足りているか?」と問いかけてきたことを、あるテレビ番組で話していたことがある。プロサッカー選手という狭き門を開くことができる選手は限られている。だが、本田は情熱を絶やさないことで、名門ミランで10番を背負うまでに上り詰めた。その自身の成功体験を日本の子どもたちに身近に感じとってもらうことこそが、本田がソルティーロFCを設立した理由の一つでもあるのだ。

「彼をすごいなと思うところは、自身の経験をサッカーに還元しているところ。しっかりとスクール事業に投資をしている。サッカービジネスって彼がよく言っているけれども、そこに対する思いはすごいなと思います。本気で『総理大臣を目指そうとしたこともあった』と言っていたこともあった。びっくりしましたけれど、らしいなって。今後も何かしら考えているんじゃないですかね」

 将来有望な若手選手を預かっているだけに、新米指導者である須藤にかかる責任は大きい。しかし、本田の哲学を誰よりも理解している須藤にしか伝えられないことがある。

「あとは自分が培ってきた経験と、彼と一緒にやってきた3年間で彼が思ってきたことだったり、今彼が思っていることを子どもたちに伝えていくことが重要だと思います。本田がプロデューサーをやっているチームだから上から構えるようなチームと見られてはいけない。今年から始まった新しいチームなのにすごく頑張ってやっているよね、と周りの方に思っていただけるようにしなければいけない。ホルンのコンセプトである“ネバーギブアップ”じゃないですけれど、止まらないように、常に走り続けられるようにやらなければいけないと思っています。子どもたちに対しても、チームに対しても、自分に対しても」

 須藤右介、第二の人生が幕を開けた。

<この稿、了。文中敬称略>

(取材・文:澤田和輝/スポーツナビ)

2/2ページ

著者プロフィール

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント