日本ハム・吉井コーチの育成術 目指す理想は“選手のための図書館”

菊地慶剛

押し付けるのではなく自主性を伸ばす

大谷(写真左)らを筆頭に、若手投手がそろう日本ハム投手陣 【写真は共同】

 これまでプロ野球のコーチ(打撃、投手に限らず)といえば、自らの経験で培った知識を元に選手たちを指導するというのが大半だった。もちろん吉井コーチは数少ない日米球界に精通する知識の持ち主であり、それだけでも他のコーチたちとは一線を画す存在ではあったはずだ。だが逆に他のコーチたち以上の経験を積んできたからこそ、少しでも多くの選手を育成するには知識の押し売りではなく、自ら考えて取り組ませる選手の自主性を伸ばすことだと感じ取っていた。

 しかしプロ野球のみならず日本の野球環境の中で、吉井コーチの理想を追求するのは簡単ではない。そもそも選手たちは子供の頃から監督、コーチから指導を受けるのが当たり前で、中には高校、大学、社会人と自分で考えることもなく、指導者に言われるがままプロまで駆け上がってきた選手も少なくない。

 こうした選手は壁にぶつかった時に自分で対処する術がなく、コーチの指導に頼り切りになってしまう。だがプロ野球でもコーチの指導は人によってさまざまで、しかも入れ替わりも激しい。コーチとうまく合致した時はいいが、多くの場合は自分の才能を開花できないまま去っていくことになる。そうした選手が自分で考え取り組むようになれれば、もっと多くの選手たちが成長していけるかもしれないのだ。

 だが選手の図書館になるには経験上の知識だけでは限界がある。それを痛感したからこその大学院入学だった。野球専門の研究室で学術的な知識を広げる一方で、吉井コーチは他の研究室の講義にも積極的に参加。スポーツ心理学、生化学、栄養学、運動学などアスリートとして必要な知識も深めていった。

意識改革が進む先に見据える投手王国

 4年前と自分を比較し、「いろんなことに対処できるかなと思う」と話してくれた通り、現在の吉井コーチは大学院を経て“選手のための図書館”という自分の理想に大きく近づいた。

 もちろん吉井コーチをフル活用できるかどうかは各選手次第。自ら図書館に向かわなければなんの知識も得られないのは学生と変わらない。ただ吉井コーチは前述の青空ミーティングでも理解できるように、選手たちにモチベーションを与える対話も忘れてはいない。常に彼らの道標になろうとしている。

 吉井コーチの試みは即効性のあるものではない。だが投手たちの意識改革が進めば進むほど、日本ハムは投手王国へ着実に歩を進めていくことになるはずだ。

「順調です」

 開幕直前に今シーズンの活躍を祈願するメッセージを送ったところ、こんな短い返信が戻ってきた。これからも吉井コーチの選手育成術に期待を込めて注目していくつもりだ。

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著者プロフィール

栃木県出身。某業界紙記者を経て1993年に米国へ移りフリーライター活動を開始。95年に野茂英雄氏がドジャース入りをしたことを契機に本格的にスポーツライターの道を歩む。これまでスポーツ紙や通信社の通信員を務め、MLBをはじめNFL、NBA、NHL、MLS、PGA、ウィンタースポーツ等様々な競技を取材する。フルマラソン完走3回の経験を持ち、時折アスリートの自主トレに参加しトレーニングに励む。モットーは「歌って走れるスポーツライター」。Twitter(http://twitter.com/joshkikuchi)も随時更新中。

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