年度替わりの収穫祭マカヒキ 「競馬巴投げ!第117回」1万円馬券勝負

乗峯栄一

謎のX婦人とA婦人とB婦人

[写真3]エアスピネルは朝日杯の悔しさをクラシックで晴らしたい 【写真:乗峯栄一】

 訳の分からん電話というのもあった。

 ある日「わたくしAですが、管理組合理事会で私の悪口を言うのはやめて下さい」とヒステリックな女の声で抗議の電話が入る。

 Aという名前を聞くのは初めてで、もちろん悪口など言った覚えはないし、理事会でAという名前が出たこともない。まったくキツネにつままれたような話だが、数日後、また電話が入る。

「わたくしAですが、最近Aという名前をかたって“私の悪口を言うな”とあちこち電話している人がいるらしいですが、それはわたくしAじゃないですからね」

「え?」

「“Aだけど、私の悪口を言うな”と言っているのは、わたくしAじゃありませんから」とそれだけ言って電話は切れる。

 先日の電話はAさんじゃなかったのかと思っていると、数日後また電話だ。

「わたくしBと言いますが“Aだけど、私の悪口を言うな”と電話しているのはBだとAさんが言っているらしいですけど」

「……」

「“Aだけど、私の悪口を言うな”と電話しているのは、わたくしBではないですから」と大変強い口調だが、ぼくには何が何やら訳が分からない。

 電話が切れてから、しばらく図を書いて考えてみる。登場人物は最初の謎のX婦人とA婦人とB婦人の三人だけだが、トラブルは迷路のように入り組んでいる。

あ、もしもし、わたくしモーリスですけど

[写真4]前走の寒竹賞を快勝したタイセイサミット、この勢いをぶつけたい 【写真:乗峯栄一】

「あ、もしもし、競走馬管理組合ですか? わたくしモーリスですけど、管理組合でわたくしモーリスの悪口を言うのはやめてください」

「もしもし、わたくしモーリスだけど、“私モーリスの悪口言うな”と言っているのはわたくしモーリスじゃないですからね」

「もしもし、わたくしラブリーデイだけど、わたくしラブリーデイを差し置いてモーリスを年度代表馬にするってのはどういうことなの?」

「もしもし、わたくしラブリーデイだけど、“私ラブリーデイを差し置いてモーリスを年度代表馬にするのはけしからん”てゴネてるのは、わたくしラブリーデイじゃありませんからね。きっとドゥラメンテです」

「もしもし、わたくしドゥラメンテですけどね、“年度代表馬に関してゴネているのはドゥラメンテだ”とラブリーデイが言っているらしいけど、その“わたくしラブリーデイですが”と言っているのは、きっとモーリスです」

 ほんと、管理組合というのは大変なんだから。

競馬界では3月から翌年2月までが年度になってますもん

 実は管理組合の話を持ち出したのは、これらのことを書きたかったからじゃない。「理事会記録」などを付けるのに「管理組合総会が5月にあるから、理事会は5月から翌年4月までを一年度としていいですね?」などと言うと「それはおかしい。年度というのは4月から翌年3月までのことを言うんだ」と言い張る人がいて、「いや、だけど、年度というのは“決め”の問題でしょ? 現に競馬界では3月から翌年2月までが年度になってますもん」と反論したが、「競馬界は年度のことをよく知らんのだ」と、そのオッサンがまた怒鳴ってきた。ほんと、わが管理組合周辺は無知蒙昧(むちもうまい)がそろってるぞ。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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