解放された10の呪縛、歴史を変えた橋本 水戸の背番号にまつわるストーリー
10番が活躍できない不思議なジンクス
長年10番が活躍できないジンクスがあった水戸。それを破ったのが、12年の橋本晃司だった 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】
だが、水戸ホーリーホックはそうではない。いや、そうではない時期が長く続いた。
J2に昇格した2000年以降、「背番号10」をつけた選手は活躍できないという「背番号10の呪縛」に苦しめられてきたのだ。田中マルクス闘莉王をはじめ、これまで多くの選手の才能を開花させ、J1に羽ばたかせてきた水戸だが、背番号10をつけた選手だけは活躍することができずにいた。
特に03年からは、上園和明、樹森大介、森田真吾と、前年に活躍した選手たちに背番号10が託された。だが、どの選手も前年の活躍がうそのように不振に陥り、そのシーズン限りでチームを去るという流れが続いたことが大きかった。そこからジンクスは始まったと言える。
その後は金東燦(キム・ドンチャン)、満生充と新人選手にいきなり背番号10が与えられたものの、彼らも期待に沿うような活躍ができないまま、それぞれ2年間でチームを去っていった。10年には元横浜F・マリノスの大橋正博、11年には元U−20日本代表MF遠藤敬佑が背負ったが、いずれもジンクスを破るような活躍を見せることはできなかった。
下位に低迷し続けた水戸。チームとしての殻を破るためにも、そのジンクスを打ち消す必要があった。
そして12年、ついにそのときはやってきた。
橋本晃司が水戸の歴史を変えたのだ。
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