1.25が“最後の”名勝負数え唄に!? 『真説・長州力』の作家・田崎健太が語る
近づいている長州の2度目の引退
長州力2度目の引退の日は、近づいてきている 【撮影:原悦生】
彼は98年に一度、引退興行を行っている。その際、多くの人間に見送ってもらったのに今もプロレスを続けていることに引け目があるのか、「ひっそり消えたいんですよね」と呟くこともあった。
また、突然「もう一山当てて、お米(金)をつかんで辞めましょうか」と冗談交じりに言い出したこともある。「最後にヒクソン(・グレイシー)とやったらどうですか?」とぼくが返すと、彼は首を捻ってしばらく考えて「5分2ラウンドならば、まだできますね。うん。その自信はありますよ」と笑って頷いた。
どちらが長州の真意なのかははっきりしない。はっきりしているのはその日が近づいていることだろう。
藤波に引っ張られ日本武道館のリングに
「藤波さんがいいと言えばやりますよ」
藤波は昨年、腰の手術をしており、10月の自らが主催する「ドラディション」を欠場していた。長州は藤波が試合を受けることはないだろうと踏んでいたのだ。ところが、藤波は、自分たちと違う感性のところでプロレスをやるのは面白いと引き受けてしまった。引っ張られる形で長州は久しぶりに武道館のリングに登ることになったのだ。
“ハイスパート”で名勝負数え唄に
2つ年下ながら入門が先の藤波に対しては「藤波さん」と呼んでいる 【撮影:原悦生】
2人には82年10月の「かませ犬」発言以来の長い因縁がある。すでに人気の出ていた藤波に噛みついたことで、ぱっとしないレスラーだった長州はプロレスの世界で頭角を現すことができたのだ。
変化があったのは自分だけではないと長州は振り返る。
「ぼくは、あっ、こいつ(藤波)変わっているというのが分かりましたね。たぶん、彼もぼくに対してそう思ったはず。ぼくは彼との試合で動きが止まらなくなっちゃったからね。それでぼくたちのそれは“ハイスパート”と呼ばれるようになった。停まらないんですよ。途中からお互い意地になった」
この2人の展開の早いプロレスー、“ハイスパート”が観客を引きつけることになった。
「客が受けているのは分かるじゃないですか? そのときはなぜ客が受けているのか分からなかったんですよ」
やがて2人の対戦は「名勝負数え唄」と呼ばれ、新日本プロレスの看板カードとなった。
2011年1月、長州、藤波、そして佐山聡と「レジェンド・ザ・プロレスリング」を立ち上げた。後楽園ホールで行われた旗揚げ興行、18年ぶりに組まれた長州対藤波のシングルマッチは大きな話題となり、立ち見席まで売り切れるほどになった。
試合が近づき長州の行動に変化
レジェンドでは例年通り1月に後楽園ホールでの大会を予定していた。今回は2人の意志を尊重し、後楽園大会を延期。レジェンドの1つの集大成として日本武道館での対戦を了承したという。
この試合が近づき、長州の行動に“何年ぶり”というのが増えた。
長州が大切な試合のときに着る黒いスウェットがある。数年前、物に執着しない長州は「もう着ることはないだろう」と関係者にそのスウェットをプレゼントしていた。今回、藤波との対戦に備えて、長州はその黒いスウェットを貸してくれと頼んでいる。
そして年明けの1月7日、レフェリーのタイガー服部を連れてサイパン合宿に入っている。サイパンで長州がトレーニングをするのは2年ぶりになる。
成田空港に向かう車の中で、長州はマネージャーの谷口正人にこう呟いた。
「ああ、サイパンもこれで最後だな」
谷口はそれを聞いて、思わず長州の顔を見た。2度目の引退という言葉が頭に浮かんだのだ。
1月25日には身体を作った長州が立つ
1月25日はサイパン合宿で体を絞った長州の姿が見られるだろう 【撮影:原悦生】
12月に、長州は白いリングシューズの修理を頼んだ。そろそろ新しいリングシューズに買い換えたらどうですか、と谷口が尋ねると「もう新しいシューズは必要ないよ」と素っ気なく答えたという。
1月25日の日本武道館には、サイパンで真っ黒に日焼けして身体を作った長州力が立っていることだろう。
いよいよ名勝負数え歌の最終章である――。
16年1月25日(月) 会場:日本武道館 開始18:30
<シングルマッチ>
藤波辰爾
長州力
その他出演:乃木坂46、HKT48、Silent Siren、Thinking Dogs、南海キャンディーズしずちゃん、スーパーササダンゴマシン
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