王座交代劇で面白くなってきた日本Sフェザー級 尾川が内藤を破り次期世界挑戦者候補に名乗り

船橋真二郎

意外な形で終わった日本Sフェザー級王座戦

 国内屈指のテクニックを誇るサウスポーの王者と屈指の強打を備えた挑戦者。12月14日、東京・後楽園ホールに満員の観衆を集めた注目の日本スーパーフェザー級タイトルマッチは劇的に幕を開け、意外な形で終わった。

 先に仕掛けたのは8連続KO勝利中の尾川堅一(帝拳)だった。開始ゴングと同時に躍りかかるように内藤律樹(E&Jカシアス)に肉薄し、右の強打を迷いなく打ち込んだ。

 うまさは強さでつぶせる――。ジムの先輩でスーパーフェザー級、ライト級で世界を制した粟生隆寛の言葉が背中を押した。ディフェンス能力の高い内藤に対し、どう戦うか。当初は“内藤対策”に心を砕いたところもあったというが「自分の強さを発揮することだけに集中して、練習してきた」と尾川の心は決まっていた。
 
 その信念が結実したのが1回終了間際だった。渾身の右ストレートが内藤を捉え、腰から崩れ落ちるダウン。尾川が「終わったな、というくらい手応えがあった」と振り返ったとおり、ダメージは甚大で、おぼつかない足で辛うじて立ち上がった内藤が直後のゴングに救われた、という印象だった。
 
 続く2回も開始から尾川が攻める。ダメージを引きずる内藤をたちどころにロープ際に詰め、上下に連打を浴びせた。内藤はガードを固め、ボディワークを繰り返して、猛攻をしのぐのがやっと。挑戦者の勢いが王者をのみこむかに思われた立ち上がりだった。

 内藤が体勢を立て直し出すのは、ハイピッチで飛ばした尾川の手数が落ち、展開が落ち着いた2回終盤から。ジャブを突き、左を伸ばし、尾川の入り際、打ち終わりに右フックを合わせた。だが、内藤が丁寧に積み上げていくものを一撃でひっくり返すことができる強打の前にスリルは消えない。

 象徴的なシーンが3回にあった。内藤の左がクリーンヒットするも、尾川は首を横に振り、ガードを下げて「効いていない」とアピール。もし、これが逆だったら、流れはガラリと変わっていたに違いない。

 鋭い踏み込みからの右で脅かす尾川。これ以上の決定打を回避しつつ、こつこつと有効打を集めようとする内藤。それでも長期戦に持ち込まれれば、この均衡がどう傾くのかはわからない。アクシデントはその矢先に起きた。

 折り返しの5回終盤、右から踏み込んだ尾川の頭と迎え撃とうとした内藤の頭が激突。内藤の右目上が大きく裂け、血があふれる。ドクターチェックの末に傷の深さを考慮して、レフェリーが試合をストップ。結果はジャッジの手に委ねられることになり、49対47に49対46が2者の3−0で尾川の手が上がった。

「自分としては満足のいく結果。チャンピオンになれたことがすべてですし、良かったなと思う」
 控え室で素直にベルト奪取を喜んだ尾川。明治大学時代は日本拳法部で主将を務めた経歴を持つ。体重制限のない日本拳法では自分より大柄な相手と戦うことがほとんどだったこともあって、体重制のボクシングで勝負したいと大学卒業後、プロの世界に飛び込んだ。

 尾川が幼少の頃から日本拳法の手ほどきを受けたのが父親の雅一さんだったが、内藤戦が正式に発表された直後の10月に病気で亡くなった。
「この試合をいちばん楽しみにしてくれていたのが親父。自分にとっては人生の分岐点で、パワーを絶対にもらったと思う」
 と、試合後のリング上で遺影を掲げる特別な勝利だった。

 挫折を乗り越え、つかんだ栄冠でもあった。デビュー後、7連勝(5KO)で全日本新人王に輝き、MVPも獲得。順風満帆だった。だが、9戦目に5回TKO負け。試合途中に相手のパンチでアゴを骨折するという無念のリタイアだった。長男が誕生した頃で引退も頭をよぎったが、妻の励ましもあり、現役続行を決意する。

「天狗になっていた」という自らを省み、復帰までの10カ月間に「いろいろな面を見つめ直して、徐々に人の話を聞けるようになった。会長やトレーナーのアドバイスを自分のものにできて、今のボクシングにたどり着けたし、アゴを折って、負けたことがすべてだった」と振り返った。

世界戦線から後退も内藤の反発力に期待

 作家・沢木耕太郎氏の『一瞬の夏』の主人公で元東洋、日本ミドル級王者のカシアス内藤を父に持つ内藤Jrは日本王座4度目の防衛に失敗し、14戦目で全勝がストップ。2月には現・東洋太平洋王者で同じリングで初防衛に成功した伊藤雅雪(伴流)、6月には米国で世界戦のリングに上がり、ラスベガスのリングに上がったこともある経験豊富な荒川仁人(ワタナベ)と、国内の強豪を次々と退け、この一戦をクリアすれば、道が開ける可能性もあった。

 世界戦線から後退はしたが、内藤はまだ24歳。巻き返しの可能性も才能も十分にあるし、以前、高校3年で3冠を達成した高校時代を振り返って「僕は負けた次の試合が一番強いとよく言われた」と、負けた試合で自身の課題を見つけ、ひとつひとつ克服したことが成長につながった、と語っていたことが思い出される。プロでも、その反発力に期待したい。

 代わって、次期世界挑戦者候補に名乗りを挙げた尾川。負傷判定という結末を受けて「この結果に満足せず、もう1回、内藤選手とやりたい」と試合直後のインタビューで語っていたが「これで僕のほうが世界に一歩近づけた。世界チャンピオンが最終目標。立ち止まらずに、次のステップに行きたい気持ちが強い」というのが本音。9月に最終10回TKOで世界ランカーを下したのに続く世界ランカー連破でランクアップも濃厚である。

 年明けからは、日本王者にランク最上位挑戦者との防衛戦が課される恒例のチャンピオンカーニバルが開幕し、対戦希望を表明している東洋太平洋王者の伊藤との王者対決も候補に挙がる。11月には同門の三浦隆司がラスベガスでWBC王座を手放したが、ダウン応酬の激闘で存在感を示した。大みそかには内山高志(ワタナベ)がWBA王座の11度目の防衛戦に臨む。依然として、内山、三浦のツートップを軸にタレントが揃う激戦区のスーパーフェザー級。内藤との再戦にも興味は尽きず、稀有な強打を持つ尾川が演じた王座交代劇で俄然、面白くなってきた。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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