拭いきれないスタジアムの問題 J2・J3漫遊記 愛媛FC

宇都宮徹壱

観客数最下位を脱出した愛媛だが

今季3番目の大入りとなった讃岐戦。だが依然として愛媛の平均観客数は下から2番目だ 【宇都宮徹壱】

「4769人」──その日の入場者数がスクリーンに表示されると、スタンドからわずかながらどよめきが起こった。9月23日に愛媛のニンジニアスタジアム(ニンスタ)にて行われたJ2第33節、愛媛FCとカマタマーレ讃岐の試合での出来事である(結果は1−0で愛媛が勝利)。

 このところ3000人のボーダーラインを行ったり来たりが続き、2000人に届かない試合も2試合あった。結果、今季の愛媛は9月上旬まで、平均入場者数がJ2最下位という不名誉な状況が続いていた。さすがにクラブ側も「このままではまずい」と考え、9月13日のファジアーノ岡山戦を『観客数最下位脱出宣言マッチ』と銘打ち、今季2番目となる6862人の観客を集めることに成功。ついにギラヴァンツ北九州を抜いて、最下位からの脱出に成功したのである。

 それ以来のホームゲームとなる讃岐戦は、愛媛が無敗記録を8試合継続していたこと、四国勢同士の対戦だったこと、そしてシルバーウイーク最終日だったこともあり、今季3番目の大入りとなった。だが、キックオフの時間が19時より前であれば「5000人は超えていた」と、ある愛媛サポーターは力説する。「夜の試合だと、翌日の子どもの学校のことを考えないといけないですからねえ。それなのにニンスタは中心街から遠い上に、道が限られているから試合後はかなり渋滞するんですよ。ヘタすると街中に戻るまで1時間くらいかかることもある。そういう理由から、夜の試合を敬遠する人はけっこういるんですよ」。なるほど、もっともな話である。

 今季、クラブ史上初となる5連勝を達成し、一時はJ1昇格プレーオフ出場圏内の6位にまで順位を上げた愛媛。ところが相も変わらず集客では苦しんでいる。開幕前に発覚した粉飾決算の影響も考えたが、関係者やサポーターは口をそろえて「それほど集客のダメージにはなっていない」という。となると、やはりニンスタの立地の問題に行き着く。松山市の中心街からシャトルバスで30分以上。スタジアムは文字通り、山の中にある。地元の人の多くは自家用車で行くため、シャトルバスの本数はそれほど多くない。アウェーのサポーターにとっては、非常にアクセスしにくい立地だ。

 毎年のように、成績と予算と入場者数で苦しみ続けている愛媛。今季は成績面が好調なだけに、入場者数の問題が余計にクローズアップされている印象を受ける。そして入場者数の問題と常にセットで語られるのが、ニンスタのアクセスの悪さと新スタジアム建設の是非。本稿では「集客」という観点から、愛媛が抱える課題をフォーカスする。

「恵まれた自然環境」や「県民の憩い」が重視された時代

オープンから35年の歴史を持つニンスタ。17年の愛媛国体に向けて現在改修中 【宇都宮徹壱】

 愛媛のスタジアム問題について、かねてより舌鋒(ぜっぽう)鋭く発言している人物がいる。漫画家の能田達規である。愛媛のマスコットである、オ〜レくん、たま媛ちゃん、伊予柑太の作者であり、『ORANGE』や『マネーフットボール』といったサッカーを題材にした作品を数多く手掛け、故郷である愛媛を舞台としたものも少なくない。もちろん当人も熱狂的な愛媛ファンであり、SNS上でもチームの勝利に歓喜する一方、ニンスタの立地に関する苦言も定期的に発信している。2年前に行ったインタビューでの当人の発言を再現する。

「サポーターは何かにつけ『J1に上がらないと(ニンスタに代わる)スタジアムもできねぇよ』とか言っていますけれど、僕は『まず箱ありき』という考えです。松山の中心部に立派な専用スタジアム作って、やっと愛媛はJ2の中位ぐらいにふさわしい土地になれると思っています。ですからJ1に上がっていない、J2にいるからという理由でスタジアム問題について(サポーターとして)黙っているっていうのはおかしいと思うんですよね」

 新スタジアムの是非を考える前に、まずはニンスタの沿革を確認しておく。正式名称は『愛媛県総合運動公園陸上競技場』。1980年(昭和55年)に愛媛で開催された、全国高等学校総合体育大会(インターハイ)のメーン会場としてオープンした。『愛媛県総合運動公園 開園五周年記念誌』によると、用地買収を72年から開始し、「7か年の歳月と総工費80億円の巨費を投入して」完成させたという。ちなみに8年後の88年には、道後にあった動物園を総合運動公園内に移転させ(現・県立とべ動物園)、さらに10年後の98年には県立のテーマパーク『えひめこどもの城』が近隣に開業している。県としては、これらの施設を中心とした地域の再開発をもくろんでいたのだろう。

 再び『開園五周年記念誌』に目を落とす。「霊峰石槌山を遥かに望む西野台地の恵まれた自然環境」とか「県民の憩いとスポーツの場」といった文言に昭和の香りを感じる。まだJリーグは影も形もなかった時代の話だ。興業という観点よりも「恵まれた自然環境」や「県民の憩い」の方が優先されていたのも無理はない。それから時は流れ、当時JFLだった愛媛FCのJリーグ加盟の条件を満たすべく、2005年に県はスタジアム改修のための特別予算を計上。芝生席の座席化や大型ビジョンの設置が矢継ぎ早に行われ、さらに17年の国体開催が決まったことで、現在はメーンスタンドの改修と屋根(メーンの一部)の取り付け工事も進められている。県の関係者からしてみれば「これだけニンスタを良くしているのに、なぜ新しいスタジアムが必要なのか?」という感情は当然あるはずだ。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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