「未来を変えた」今治に期待すること 四国リーグ首位決戦を制し、優勝に王手

宇都宮徹壱

勝ち点3差で迎えた大一番

FC今治のホーム最終戦には過去最高となる2210人もの観客が訪れた 【宇都宮徹壱】

「過去は変えられないけど未来は変えられる」

 四国リーグ第13節、9月20日に行われるホームでの高知Uトラスター戦を前に、FC今治のホームページにはこのようなメッセージが掲げられた。ここで言う「過去」について、まずは解説しておきたい。前節、今治は3位のアイゴッソ高知にホームで1−1の引き分けに終わった。しかも終了間際の後半43分に、中野圭のゴールでかろうじて引き分けに持ち込むという、まさに薄氷を踏むような展開。この結果、首位・高知Uトラスターとの勝ち点差は3に開いてしまった。これが、悔みきれない「過去」その1である。

 そもそも今季の四国リーグで、今治がこれほど苦しめられることになったのも、第6節のトラスターとのアウェー戦に1−2で敗れてしまったことに起因する。今のところ、これが今季唯一の敗戦。しかし14節しかなく、3強(トラスター、今治、アイゴッソ)がしのぎを削る今季の四国リーグにおいて、この1敗が持つ重みは計り知れない。これが、今さら変えようがない「過去」その2である。

 第12節終了時点で、首位のトラスターは勝ち点34で得失点差54。一方、2位の今治は勝ち点31で得失点差47。今治の逆転優勝の条件は、(1)今治がトラスターとの直接対決に4点差以上で勝利し、最終節でも連勝すること、(2)今治が連勝した上で、トラスターがアイゴッソとの最終戦で引き分け以下に終わること、である。今季のトラスターは、11−1(対中村クラブ)や11−0(対多度津FC)といった夢スコアを連発しているが、6失点はリーグで2番目に少ない(今治は4失点)。1試合2点以上を与えたことのないトラスター相手に、今治が大量得点を奪うのは簡単な話ではない。

 果たして、今治は「未来は変えられる」のか? この日、会場の今治市桜井海浜ふれあい広場に訪れた観客は2210人。テンションの高いゲームであることに加えて、今季最後のホームゲームであることもあり、今季最高の入場者数を記録した。ホーム開幕戦に800人以上が観戦したときも驚いたが、今回は臨時の仮設スタンドを用意するほどの盛況ぶりである。岡田武史オーナーは、クラブの地域への浸透について「まだ愛されているわけではないが、少なくとも存在を認めてもらったとは思う」と少し感慨深げに語っている。まだ始まったばかりのFC今治のプロジェクト。それでも、地域を巡る状況は少しずつ変化しつつある。そう、未来を変えることは決して不可能ではないのだ。

今治の守備意識を変えたベテランの姿勢

逆転優勝のためには勝利しかなかった今治はゴールラッシュで圧倒する 【宇都宮徹壱】

 13時30分、キックオフ。今治はいつもの4−3−3の布陣で、注目の2人の元日本代表のうち山田卓也が先発でアンカーの位置に入った(市川大祐はベンチ外)。最初のゴールは、開始からわずか2分で生まれる。今治の右ウイング桑島昂平がドリブルで持ち込んでシュート。いったんは相手GKにはじかれたものの、センターFW長尾善公が押し込んで今治が早々に先制ゴールを挙げる。スタンドが歓声で沸くなか、トラスターの選手たちは「まだ始まったばかりだ、落ち着こう!」と声を掛け合っている。試合の入り方には失敗したものの、その後すぐに態勢を立て直したトラスターは、相手陣内でパスをつなぎながら同点のチャンスをうかがう。

 そして16分、トラスターは左サイドでスローインを受けた10番の元田龍矢が、角度のない位置から右足で思い切ったシュートを放ち、弾道は今治GK福山直弥の頭上を越えてゴールインとなる。今治の選手は一瞬、「過去」の嫌な記憶がよみがえったのかもしれない。しかし、この日の彼らはずるずると気持ちを後退させることなく、難しい時間帯をしのぎきると再び攻勢に出る。24分、右サイドで桑島のパスを受けた乙部翔平が抜け出し、ドリブルで運んでから右足で滑り込みながらネットを揺らす。さらに41分には、相手の反撃を刈り取ってから山田が前方にフィードボールを送り、オーバーラップしていた稲田圭哉が冷静にフィニッシュ。「アイゴッソ戦では自分のミスから失点したので(ゴールできて)よかったです」というキャプテンの3点目で、今治は2点リードでハーフタイムを迎えた。

 後半9分、今治は最初の交代でベテランの山田がベンチに退く(小野田将人と交代)。この日の山田は3点目をアシストした以外、さほど目立ったプレーを見せていたわけではないが、鋭い読みと的確かつ激しいチェックでたびたび味方のピンチを防いでいた。そうしたプレーに感化されたのか、若い選手たちの守備の意識もかなり変化したように感じる。とくにボールを奪いに行くときのプレーでは軽さが影を潜め、山田がモットーとしている「練習でもバチバチやっていく」姿勢が随所に見られるようになった。今季1試合平均5ゴールを挙げてきたトラスターも、これほど激しいディフェンスを前にしては、なかなか決定的なチャンスを作り出すのは難しい。

 後半の今治も、攻撃の手を緩めることはなかった。後半23分、長尾からのサイドチェンジを右で受けた途中出場の岡本剛史が、相手DFに軽く揺さぶりをかけてからゴール左隅を撃ち抜いて4点目。さらに同35分には持ち前のパスワークが発揮され、小野田、片岡爽とつながり、最後は先制点を決めている長尾が右足ダイレクトでダメ押しの5点目を決める。終わってみれば5−1の大差で、今治がトラスターとの首位決戦を制した。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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