無敗王者メイウェザー引退の信ぴょう性=消化不良のラストマッチも「今が引き時」

杉浦大介

試合後、リングに別れを告げる儀式

無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーが公言していたラストマッチで大差判定勝利 【Getty Images Sport】

 試合終了のゴングが鳴った瞬間―――無敗の5階級制覇王者フロイド・メイウェザーは、リングにひざまずいて天を見上げた。“ラストファイト”と公言して臨んだ9月12日のアンドレ・ベルトとのWBA、WBC世界ウェルター級タイトル戦。3−0(採点は117−111、118−110、120−108)の無難な判定勝利で防衛を果たし、最後と心に決めた仕事は終わった。その直後の仕草は、リングに別れを告げる儀式だったのだろうか。

「僕のキャリアは終わりだ。(引退を)正式に発表するよ。引き時を心得なければならず、今は僕にとって潮時だ」
 リング上でインタヴューを受けた際にあらためてそう公言すると、MGMグランドガーデン・アリーナに残っていたファンから大きな歓声が上がった。

KO狙わず普段通りの安全運転

高確率でパンチをヒットさせ、ベルトの前進をフットワークでかわす相変わらずのスキルの高さを見せたが、KOを狙ってギアを上げることはなかった 【Getty Images Sport】

 もっとも、肝心のファイトの最中には、観客席が湧くシーンはほとんどなかった。過去6戦で3勝3敗という格下のベルトを相手に、序盤からいつも通りのアウトボクシング。追い足のない32歳を相手にフットワークと的確なパンチで楽々とペースを掴み、危なげなくポイントを積み重ねていった。

 コンディションは万全に見えたベルトが最後まで諦めずに前に出続けると、中盤以降は普段通りの安全運転。KOを狙ってギアを上げることはついにないまま、試合終了のゴングに駆け込んだ。

 総パンチ中57%、パワーパンチは68%の高確率でヒットした安定感は見事しか言いようがなく、39歳にして健在のスキルを印象付けた。ただ、それほど高確率でヒットできた一因が、戦前から喧伝されたベルトの技術的限界にあったことも紛れもない事実だろう。
「ベルトはハートの強さと、強靭なアゴを持っていた。彼は抵抗をやめなかったから、良い試合になった」
 メイウェザーは試合後にそう語ったが、攻撃のバリエーションにも乏しいハイチ系米国人はやはり役不足の挑戦者に思えた。そして、そんな選手を相手にしても石橋を叩いて渡るボクシングを展開するところに、現代の最強王者の物足りなさがある。

最後までらしさを貫いたままお別れ

徹底したアウトボクシングという普段通りの安全運転でラストマッチを終えた 【Getty Images Sport】

 展開がワンパターンになりかけた第8ラウンド終了後。一部のファンが席を立って出口に向かい始める一方で、熱心なメイウェザーファンは“TBE!(The Best Ever=史上最強の略)”のコールを送った。こんな対照的な光景に、メイウェザーの複雑なレガシーが透けて見えて来る。

 リング内外の慎重すぎる姿勢で多くのファンにフラストレーションを感じさせる一方で、全米にはびこる支持者たちはその傲慢かつ勝利にこだわる姿を熱狂的にサポートした。“これでラスト”と言い切って臨んだ試合でも、エキストラのサービス精神はないまま。最後までメイウェザーらしさを貫いたまま、現代の風雲児はリング上からお別れのメッセージを送ったのである。

主役に対する喜びへの薄れ…

12ラウンド残り10秒の拍子木が鳴ると、メイウェザーはベルトと距離を取り打ち合うことなく試合が終了した 【Getty Images Sport】

“最強王者の引退試合”というフレーズが売り出し文句となった今回の一戦だが、その信ぴょう性を疑う声は後を立たなかった。ベルト戦に勝てばデビューから通算49戦無敗。伝説的なヘビー級王者ロッキー・マルシアノが残した無傷のレコードにならび、あと1勝すれば50という切りのいい数字に到達する。

 何より、メイウェザーは今年5月のマニー・パッキャオ戦で2億ドル以上の報酬を稼ぎ、ベルト戦のファイトマネー最低保証も3200万ドル。それほどの興行価値を保つ選手が、余力を残したまま引退するだろうか!?

「このスポーツを19年もやって来て、うち18年は王者であり続けた。多くの記録を達成した。僕がボクシングで証明しなければならないことはもう何もないよ。家族とともに過ごし、子供たちに適切な教育を受けさせるときがきたんだ」
 ほかならぬ筆者も引退宣言をまるで信じていなかった一人だが、しかし、ベルト戦後のそんなコメントは実感がこもって聞こえた。その背景には、パッキャオ戦からわずか4カ月後に行われたベルト戦のプロモーション期間中、メイウェザーから少なからず倦怠感が感じられたという事情がある。

 19年とは、新陳代謝の激しい米スポーツ界では永遠に思えるほどの時間である。自らを歴史的英雄にしてくれたボクシングに対する愛情の薄れを、メイウェザーはパッキャオ戦後にすでに公言していた。そしてベルト戦の前後も、ビッグイベントの主役になることに対する喜びは薄れ始めているように見えた。

チケット売れ行き不振…PPV激減…

“最強王者の引退試合”は試合前からチケットの売れ行きが不振、PPVもパッキャオ戦に比べて激減必至と見られている 【Getty Images Sport】

 一方、一部の熱狂的な支持者を除き、アメリカの大方のスポーツファンもベルト戦にほとんど注意を払わなかった。戦前からチケット売れ行き不振が伝えられ、当日の観衆13395人はMGMのキャパシティの8割程度。パッキャオ戦で440万件で売り上げたPPVも、ベルト戦は60〜80万件に激減必至と見られる。

 ベルトの前評判の低さを考慮に入れた上でも、ビジネスは低調だった。“引退試合”のこのような盛り上がりのなさは、時代がよりエキサイティングな次のヒーローの台頭を望んでいることを指し示しているように思えてならない。

 もちろん注目されるのを誰よりも好むスーパースターが、本当に身を引くかどうかは実に疑わしい。しばらくすれば目立ちたがりの虫が疼き、来春にも復帰を発表し、5月か9月に50戦目に臨む可能性がやはり最も高いのだろう。ただ……メイウェザーのための時間は、もう十分にも思える。

新時代の到来を告げるゴング

「引き時を心得なければならない」と話したメイウェザーは試合後、リングに別れを告げる儀式のように、ひざまずいて天を見上げた 【Getty Images Sport】

 世界のボクシング界は、1990年代はマイク・タイソンとオスカー・デラホーヤ、2000年以降はデラホーヤとメイウェザー、近年はメイウェザーとパッキャオによって引っ張られてきた。そして今年5月、現代の両雄が遅ればせながら激突し、メイウェザーとパッキャオが築いた一時代は終焉した。

「引き時を心得なければならない」。メイウェザーの言葉は余りにも正しい。今こそゲンナディ・ゴロフキン、カネロ・アルバレスらを旗頭とするエキサイティングな次世代に進むとき。さまざまな意味で消化不良だったメイウェザー対ベルト戦が終わり、新時代の到来を告げるゴングの音が聴こえて来るようでもある。
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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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