ハリルホジッチが証明してみせたこと 試行錯誤の場だった9月シリーズ

宇都宮徹壱

終わってみればワンサイドゲーム

2ゴールを挙げただけではなく、多くのチャンスに絡んだ香川(10番)。相手指揮官からは「別格のプレーを見せていた」と称賛された 【Getty Images】

 後半も日本の勢いは止まらなかった。開始5分、左サイドから抜け出した香川が原口のパスを受け、左足の鋭い振りでゴール右隅に突き刺す。12分には、ドリブルで中央に切り込んだ香川が縦に流し、裏で受けた山口がペナルティーエリア内右からGKを引き付けて折り返したところを、岡崎が余裕をもって流し込む。さらにその3分後には、本田のシュートがDFに当たってこぼれたところを、岡崎が抜け目なく押し込んで連続ゴールを挙げた。アフガニスタンのスケレジッチ監督は「後半に入って、3点目を奪われて以降はディフェンスラインに混乱が生じた」とした上で、香川については「別格のプレーを見せていた」と手放しで賞賛した。

 後半15分の時点で5−0と大量リードを奪った日本は、その10分後に最初のカードを切る。酒井宏に代えて宇佐美。誰が右サイドバックに入るのだろうと思っていたら、なんと原口がコンバートされた。所属クラブでは、左MFやワントップやシャドーで起用されてきた原口だが、サイドバックでのプレーは初めてのこと。その理由についてハリルホジッチ監督は「もっと点がほしかったからだ。リスクを負ってもいい点差だった」と説明している。その一方で「原口は組み立てを丁寧にやってくれたし、かなりのことをもたらしてくれた」とも語っているので、サイドバックの適正うんぬんよりも、原口を残すことでの攻撃面でのメリットを第一に考えたのだろう。

 後半28分、香川とのパス交換から宇佐美がドリブルで仕掛けて折り返し、中央の本田がマーカーともみ合うような形から押し込んで6点目を挙げた。すると日本ベンチは、香川に代えて武藤を(後半31分)、長谷部に代えて遠藤航を(同36分)それぞれ投入。武藤が積極的なドリブルを見せた以外は、それほどゲームにインパクトを与えることはなかったが、ハリルホジッチ監督は「マックスの力を出してくれた」として一定の評価を示した。

 終わってみれば6−0のワンサイドゲーム。予選2勝目を挙げた日本は、これでシリアに次いでグループ2位に浮上した。対するアフガニスタンは地力の差に加え、スケレジッチ監督のチーム作りがまだ道半ばという印象を受けた。個々に面白そうなタレントはいたものの、チームとして機能するにはまだしばらく時間がかかりそうだ。それでも大差で敗れたチームに対して、アフガニスタンのサポーターは実に温かい声援と拍手を試合後も送り続けていた。その表情には、誇らしさのようなものさえ感じられる。今日この場で、日本とガチンコの戦いができたこと。その事実こそが、アフガニスタンの人々にとっての「勝利」だったのかもしれない。

9月シリーズで試されていたこと

アフガニスタンのサポーターは試合後も、温かい声援と拍手を祖国の代表選手に送り続けていた 【宇都宮徹壱】

 アザディ・スタジアムの取材からホテルに戻り、日付が代わって9月9日となった。早朝の便で帰国しなければならないので、日本代表の9月シリーズについて急いでまとめることにしたい。3日に埼玉で行われたカンボジア戦、そして8日のテヘランでのアフガニスタン戦に共通していた課題は「どうすればチャンスをゴールに結び付けられるか」であった。その伏線には、スコアレスドローに終わった6月16日のホームでのシンガポール戦があったことは言うまでもない。この9月の連戦では、ハリルホジッチ監督が言うところの「シンガポール戦のリベンジ」が第一にあり、決定力不足を解消する「ソリューション(解決方法)」を見いだす試行錯誤の場でもあった。

 結果として、2試合を通じて9つのゴールが生まれたことは純粋に評価したい。カンボジア戦では34本のシュートを放ちながら3点しか奪えず、香川や岡崎といった「決めるべき人」が決められなかったことに失望感が広がった(香川は1ゴールを挙げたが、決定的チャンスでミスをしている)。しかしそれから5日後には、アウェーであること、ピッチコンディションが悪かったこと、そして相手の戦力がカンボジアよりも上であったことなど、さまざまな不利な条件にもかかわらず大量得点で勝利することができた。加えて6ゴールのうち、香川と岡崎がそれぞれ2ゴールずつ挙げたことも好材料だ。もちろん運・不運の側面もあるだろうが、単純にトレーニングを重ねることで、指揮官の考えるサッカーがチームに浸透していったことが大きかったと思う(もっとも非公開練習が続いたため、具体的なトレーニング方法は明らかではないが)。

 来月のシリア戦に向けて、ハリルホジッチ監督は「より難しいチームなのでしっかり準備しないといけない。(試合が行われる)オマーンでは3日くらいトレーニングできる時間を確保したい」と語っている。監督は常々「このチームは、まだまだ向上できる余地はある」「そのためには時間が必要」という言葉を繰り返しており、8月の東アジアカップでは「もっとトレーニング期間があれば違った結果になっていた」とも発言していた。単なる負け惜しみととらえる向きも少なくなかったが、ある程度のトレーニング期間を確保できればチームは確実に向上することを、この9月シリーズで指揮官は証明してみせたと言えるのではないか。

 前監督の契約解除という混乱の中から、新監督に就任して半年が経過した。とはいえ、まだ半年である。「多くの人はなかなか待てないし、特にサポーターとメディアは早く結果がほしいと願う。数日ですぐに(チームが)変わると思う人がいる」とは、前日会見でのハリルホジッチ監督の言葉だ。目先の一戦一戦に、一喜一憂すること自体を否定するつもりはない。それでも、もう少し長い視点でチームの成長を見守る余裕がなければ、真の意味での成長は望めないだろう。9月シリーズで試されていたのは、監督と選手たちであり、そして私たち自身でもあったと言える。

<この稿、了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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