何気ないノック1本にも“物語”=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(4)

田尻賢誉
 守備の上達にノックは欠かせない。ノックを数多く受ければ受けるほど、守備は上達していくもの。とはいえ、ただやればいいわけではない。そこには指導者と選手の勝負があり、そのノック1本には指導者の見えない努力、愛情が詰まっている。たかがノック、されどノック――。練習や試合前、何気なく目にするノックも、その裏にある“物語”を知れば、きっと見方が変わるはずだ。
 型破りな指導をする監督・黒木竜次が主人公の高校野球漫画『クロカン』を通じて、高校野球の現実(リアル)を考える短期集中連載の第4回のテーマは、ノックだ。

クロカンがノックで金をとる理由

『クロカン』第2巻7話「新たなる第一歩」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

『クロカン』第2巻7話「新たなる第一歩」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

『クロカン』第3巻1話「それぞれの想い」より 【(C)Norifusa Mita/Cork】

 「もういっちょお願いします!」

 エラーをした選手が、ノッカーにもう1本打ってもらうようお願いする。高校野球ではよくあるシーンだ。ところが、クロカンにはそれは通用しない。なぜなら、黒木監督のックには1本ずつ料金が発生するからだ。

 桐野高校を甲子園に導きながら聖地で采配をふるうことなく辞任。そこに監督就任要請に来たのが鷲ノ森高校の選手たちだった。家業の豆腐屋で生計を立てている黒木監督。公立の鷲ノ森で指揮を執るとなれば、ボランティアになる。だが、タダで野球を教えるということはしなかった。クロカンは選手を集め、こう言った。

「野球がうまくなりたかったら…試合に勝ちたかったら俺に金を払え!」

「俺はおまえらに基本をひとつずつ教える。つまり俺は技術を売る。それをおまえらが買う。いいか“勝つ”とは天から降ってくるもんじゃねぇ。てめえの手でつかみとるもんだ」

 クロカンはノックの名手として有名。試合前ノックの最後のキャッチャーフライはホーム真上に高く上がり、観客からため息が出るほどの美しさだ。誰もが打てるわけではないノックを打つ特別な技術がある。ノックで守備をうまくする自信もある。だからこそ、こうも言った。

「俺は“必殺優勝請負人”だから金をとる。俺様の芸術的ノックを受けたかったら金を払え…ってことだ」

 ノック1本10円。100本受ければ1000円。お金を払う分、必死になって捕りにいく。一本も無駄にしないように食らいつく。そうやって鷲ノ森の選手たちはうまくなった。クロカンとノックを通しての“会話”をすることによって、距離も縮まった。

本気の監督とノックで“勝負”

 間違いなく、チームの守備力は監督のノックの技術に左右される。今治西高(愛媛)の大野康哉監督は言う。
「ノッカーがうまくなくないと守備はうまくなりませんね。理想のノックを打つにはまだまだですけど」

 それに加えて、ノックによって監督とのつながりが生まれる。これがチームの一体感を生み、見えない力をつけることになっていく。
「ノックを打つときは『乗り越えてみろ』と思って打ちます。ウチのノックに試しはありません。全部本番です」

 本気の監督とノックで“勝負”をする。毎日のノックが勝負どころで守りきる精神力をつけるのに一役買っている。

 ノックを受ける選手の姿はチームの士気にもかかわる。遊学館高(石川)の山本雅弘監督は言う。
「どういう気持ちで、どうやって打つのか。ノックはひとつの作品なんですよ。飛び込むのでも、ただ飛び込めばいいわけではない。ただやっているだけなら、周りは見抜きます。どう気持ちを出すか。これも大事なんです」

 本気でぶつかり合うからこそ、作品になり、ドラマが生まれる。たかがノック1本とは言えないのだ。

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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