何気ないノック1本にも“物語”=漫画『クロカン』で学ぶ高校野球(4)

田尻賢誉

打って打って打ちまくって技術を磨く

指導者のノックには技術と努力、愛情が詰まっている。写真は甲子園でノックするPL学園の中村順司元監督 【写真は共同】

 甲子園でも“銭の取れる”ノックをする監督はいる。何気なくゴロを打っているようで、バックスピンをかけたり、トップスピンをかけたり。ショートバウントもあれば、ハーフバウンドもボテボテのゴロも高いバウンドもある。試合前ノックの場合は、自分のチームの守備が下手なのがバレないよう、あるいはうまいと思わせるため、あえて捕りやすいバウンドしか打たない監督もいる。

『クロカン』では坂本拓也がいた甲子園の準々決勝・豊将学園戦の試合前ノック。黒木監督は相手打線のシミュレーションを兼ねて左右両方でノックを打った。左打者の打球はレフト線に、右打者の打球はライト線に切れていくため、その特徴を体感させるためだ。実際、甲子園でも本庄第一高(埼玉)の須永三郎監督のように両打席でノックを打つ監督もいる。

 だが、彼らも初めからノックがうまかったわけではない。若いころから打って打って打ちまくって、ノックの技術を磨いていったのだ。

監督に罵声を浴びせられるコーチも

 常総学院高(茨城)の松林康徳コーチは、コーチ就任直後、恩師である木内幸男監督(当時)に何度も罵声を浴びせられた。
「守備がよくなんねぇのは、お前のノックが下手だからだ」

 木内監督は内野手が横(左右)に3歩動いたところにツーバウンドで打つように求めた。バウンドが多いほどイレギュラーする確率も高くなる。選手にとっては簡単すぎず、難しすぎない打球。それでいて、守備力を上げる打球。松林コーチは言う。
「もちろんできないので、めちゃくちゃ練習しました。自主練習の時間があるんですけど、そのときも選手に『ノック打ってやるよ』と言って、実は自分の練習をしてました。それでも、まだ打ててないんですけど……(笑)」

 大学を卒業し、昨年母校に戻った花巻東高(岩手)の川村悠真コーチもこう言う。
「やっと普通にノックが打てるようになってきました」

 今年から授業を持つようになった川村コーチだが、昨年の仕事は寮監のみ。日中、選手たちが授業を受けているときは時間があった。
「その時間を使って練習しました。グラウンドでやっていると選手たちに見られるので、見えないように室内練習場でやってましたね」

軽い気持ちで「もういっちょ」とは言えない

 指導者は毎日、当たり前のようにノックを打っているが、実は見えないところで努力をしている。選手たちをうまくするために、自分のノックの技術を磨いているのだ。

 素人が打つノックとは、打球の質も思いも違う。何気ないノック1本にも、指導者の技術と努力、そして愛情が詰まっている。

 ノックは打ってもらって当たり前ではない。それが分かっていれば、軽い気持ちで「もういっちょ」などとは言えない。指導者の思いに応えるべく、1本も無駄にしない――。その気持ちが集中力を増し、技術も上げていく。打つ側、受ける側の思いが一致するからこそうまくなる。1本のノックにも“物語”があるのだ。

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著者プロフィール

スポーツジャーナリスト。1975年12月31日、神戸市生まれ。学習院大卒業後、ラジオ局勤務を経てスポーツジャーナリストに。高校野球の徹底した現場取材に定評がある。『智弁和歌山・高嶋仁のセオリー』、『高校野球監督の名言』シリーズ(ベースボール・マガジン社刊)ほか著書多数。講演活動も行っている。「甲子園に近づくメルマガ」を好評配信中。

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