ハリルホジッチが見せたリアリストの顔 日々是東亜杯2015(8月5日@武漢)

宇都宮徹壱

絶対に落とせない試合となった日韓戦

山口(中央)の代表初ゴールで同点に追いついた日本だが、韓国と引き分けに終わった 【写真:アフロスポーツ】

 大会5日目。東アジアカップは前日の女子の日韓戦(1−2)に続き、この日は男子の日韓戦が行われる。「絶対に負けられない戦い」というには、さほどテンションが高いと言えないシチュエーション。とはいえ今大会の日本にとって、2戦目となる韓国戦は絶対に落とせない試合となってしまった。

 女子2試合、男子1試合を終えて、日本はいまだ勝利なし(というより、全敗)。開催国の中国も、この時点で未勝利(編注:日韓戦のあとに行われた北朝鮮戦では2−0で勝利)ではあるが、それでも前日の女子の北朝鮮戦は、スリリングな点の取り合いとなり(ファイナルスコアは2−3)、スタンドで観戦していた地元ファンにはそれなりに見応えのあるゲーム内容となったはずだ。それに比べて日本は、男女の3試合とも(まるで図ったかのように)ゲーム終盤で失点し敗れている。これではフラストレーションがたまらないほうがおかしい。

 とりわけ男子の場合、単に「北朝鮮に勝てなかった」以外のところでも気になる点がある。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、JFA(日本サッカー協会)への不信感ともとれる言動をあらわにしていることだ。北朝鮮戦後の会見では「日本のフットボール界の責任ある方々は、今日何が起こったのかをしっかり見てほしいと思う」と語り、翌日の練習ではメディアが遠巻きに見守る中で大仁邦彌JFA会長と直談判している様子が確認された。ハリルホジッチ本人としては、現場を預かる責任者として当然のことをしているのだろう。だが、責任転嫁ととらえる意見も少なくない中、さらに敗戦を重ねることになれば、世論の支持率が「危険水域」に入ることは間違いないだろう。

 そこで気になるのは、韓国がこの日本戦にどのようなスタンスで臨んでくるかである。彼らにとっても、日本は負けられない相手。のみならず敵将のハリルホジッチには、アルジェリア代表監督時代の昨年のワールドカップ(W杯)で2−4で敗れるという苦い記憶がある。この敗戦が大きく響いた韓国は、1分け2敗のグループ最下位でブラジルを去ることとなった。思うに韓国人にとってのハリルホジッチは、日本人にとってのフース・ヒディンク(06年W杯のオーストラリア代表監督)くらいのトラウマの対象となっているのではないか。しかし、この日の韓国は「必勝体制」とはほど遠い、8人のメンバーを入れ替えてきた。どうやら結果よりも、選手の経験値を上げることに主眼を置いているようだ。過去の因縁よりもチームの将来性を優先する、いかにも外国人監督(ウリ・シュティーリケ)らしい判断と言えよう。

まずは守備の安定を図った日本

ハリルホジッチ監督(左)は初戦の結果を受けて、韓国戦では5人のメンバーを入れ替えた 【写真:アフロスポーツ】

 キックオフのホイッスルが鳴り、いつものように日本の選手のポジションを確認する。よく見ると、いつもの4−2−3−1ではなく、4バックの手前にアンカーを置いた4−1−4−1に見える。スタメンの並びは以下のとおり。GK西川周作。DFは右から遠藤航、森重真人、槙野智章、太田宏介。アンカーの位置に藤田直之。2列目は永井謙佑、柴崎岳、山口蛍、倉田秋。そしてワントップに興梠慎三。ただし攻撃時には、柴崎がトップ下にせり上がって、4−2−3−1のような並びになる。どうやら攻撃と守備でシステムを変えているようだが、少なくとも前半の日本は、ブロックを形成して韓国の攻撃に持ちこたえる場面が続いた。

 試合は思わぬ形で動く。自陣ペナルティーエリア内で競り合った際、森重の腕にボールが当たったとして、韓国にPKが与えられた。これをチャン・ヒョンスが冷静に決めて、前半27分に韓国があっさり先制する。その後もなかなかチャンスが作れずにいた日本だったが、前半39分、FKのチャンスから森重がポストとなり、左サイドの倉田が中に入れたボールを山口が右足ダイレクトでネットを揺らす。山口は代表19試合目で初ゴール。そして倉田は、代表戦デビューでいきなりのアシスト。前半は1−1で終了する。

 後半の日本はボールを保持する時間が増えるが、この日は北朝鮮戦とは打って変わって攻め急ぐことなく、しっかりボールを回しながらチャンスをうかがうプレーが目立った。またディフェンスラインも、それほど高い位置まで押し上げられることはない。この日、アンカーとして代表デビューを果たした藤田は「ブロックの高さは選手たちで判断してやれという感じ。相手ほどコンディションが良くない中、前から(プレスを)かけ過ぎるのも良くないという話はしていた」と語っている。つまり90分間を戦いぬくために、選手たちは試合状況やコンディションに応じて、中盤でタメを作ったり、ラインの位置を設定したりしていたことになる。正直、この変化には少し驚かされた。選手たちもまた、相当の危機感をもってこの試合に臨んでいたのだろう。

 実際、この日の日本の守備は(あくまで北朝鮮戦に比べてだが)非常に安定していた。196センチの長身FWキム・シンウには槙野と森重がチャレンジ&カバーで対応。後半19分の投入後、積極的にシュートを放っていたイ・ジェサンに対しても、必ず誰かしらがプレスやブロックに入って危機を未然に防いでいた(一度だけバーに救われた場面もあったが)。一方で残念だったのは、オフェンス陣。日本ベンチは後半25分に浅野拓磨、33分に宇佐美貴史、そして43分に川又堅碁を相次いでピッチに送り込んだが、ほとんどチャンスらしいチャンスを作れなかった。結局、後半はスコアが動かないまま、1−1でタイムアップとなった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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