市民参加型の新クラブとなったパルマ 過去を断ち切りセリエDから再スタート

片野道郎

資産は継承せずゼロからの再スタート

昨シーズン限りで破産・消滅した「パルマFC」は「パルマ1913」として生まれ変わる 【写真:ロイター/アフロ】

 とはいえ、これでパルマという都市を代表するサッカークラブが消えてしまったわけではなかった。FIGCの規程は、こうした形でクラブが消滅した場合、地元自治体の支持と合意の下に設立された新しいクラブ運営会社が、旧クラブの資格・権利を継承してアマチュアリーグから再出発することを認めているからだ。一種の跡目相続のようなものである。

 かつて2000年代にはフィオレンティーナやナポリ、トリノ、近年ではシエナやパドヴァなどが、旧クラブの破産・消滅後に同じような形で再生を果たしている。

 ただし、この場合に新クラブは旧クラブの資産(登録選手、従業員、施設など)は一切継承できないため、文字通りゼロから新たなクラブを築くことが必要となる。パルマも、セリエAを戦ったトップチームだけでなく、下部組織を含むすべての登録選手が6月30日をもってフリーエージェントとなり、新たな活躍の場を探すことになった。

 この再スタートの受け皿となる「パルマ1913」の設立が発表されたのは6月29日。設立には、世界有数のパスタメーカーであるバリラをはじめ、地元財界の有力者が顔をそろえていた。

 興味深いのは、彼らは旧パルマの買収には最初から興味を示さず、過去のしがらみを断ち切ってゼロから新たなクラブを築き上げることを選んだこと。その真意がどこにあるかは、クラブ設立にあたって発表された公式声明の一節に示されている。

「パルマFCの破産・消滅は、単にひとつのクラブの破綻ではなく、ひとりの会長がパトロンとして君臨するというイタリアサッカーの伝統的な経営モデルそのものの破綻を意味していると私たちは考えています。過去との完全な決別というドラスティックな道を選択したのもそれゆえです。自らの灰から再生するにあたって、パルマ1913は新しい経営モデルを提示したいと考えています」

イタリアで例がない経営方針

 その新しい経営モデルのポイントは2つある。ひとつは、ドイツのプロクラブをモデルとした市民参加型の資本構成とすること。もうひとつは、目先の結果よりも財政の健全性と透明性にはっきり優先順位を置いた持続可能な経営を徹底すること。

 クラブの運営会社である「パルマ1913」は、2つの持株会社によって保有される。過半数を持つのは、バリラなどを中心に地元財界が設立した「ヌオーヴォ・イニツィオ」(直訳すると「新しい始まり」)。少数株主となるもうひとつの会社は、一口500ユーロ(約7万円)で出資を募って設立された市民持ち株会社「パルマ・パルテチパツィオーニ・カルチスティケ」(直訳すると「パルマサッカー参画」)。

 スカーラ会長の下に組織される「パルマ1913」の取締役会に、前者が4人、後者が2人の役員を送り込むだけでなく、サポーターの代表によるオブザーバー会議も設置、市民やサポーターの声も意思決定に反映させる仕組みだ。

 こうした市民/サポーター参加型のクラブ経営は、ドイツでは一般的でありスペインでもバルセロナやレアル・マドリーなど一部のクラブがソシオ制度という形で導入しているが、イタリアではこれまでまったく例がなかった。この国では現在も、一人のオーナーがクラブを私物化して「パトロン」として振る舞うという前近代的な経営スタイルが主流だ。しかし新パルマは、そうした旧来的な枠組みから脱して、サッカークラブの公共性、社会性を重視して健全かつ持続可能な新しい経営モデルを提示しようとしている。これは非常に注目すべき試みと言える。

1年目の目標はレーガプロ昇格

旧パルマで主将を務めていたルカレッリは、昇格を目指し新クラブとの契約をすでに交わしている 【写真:Maurizio Borsari/アフロ】

 チームが参加するカテゴリーは、4部リーグにあたるセリエD。イタリアサッカーのピラミッドでは、セリエA(1部・20チーム)、セリエB(2部・22チーム)、そしてレーガプロ(3部・20チーム×3グループ)というプロカテゴリーに続く、アマチュアカテゴリーのトップリーグであり、それぞれ18〜20チームからなる9つの地域別グループによって構成されている。

 当初FIGCは、7月6日までに参加・登録チームを確定させるというスケジュールで動いていた。ところが、南イタリアで起こったレーガプロとセリエDの八百長事件に絡んで登録取り消し処分を受けるクラブが出る見通しとなったこと、さらに旧パルマ買収を断念した「マジコ・パルマ」もパルマを代表するクラブを標榜してセリエDに登録申請を行ったことから最終的な判断を延期、結局7月26日まで決定が延びることになった。

 前述の通り地元の実業家コラードによって設立された「マジコ・パルマ」は、言ってみれば旧来的な「パトロン型経営」の枠組みにとどまる会社。しかもコラード自身、パルマの財界では新興勢力と言っていいアウトサイダーである。地元財界の有力者が主体となり、市民やサポーターまで巻き込むという形で公共性を強く意識する新たなクラブ経営の枠組みを提示した「パルマ1913」と比べれば、どちらが「都市パルマを代表するクラブ」としてふさわしいかは明らかだった。

 しかし、セリエD登録確定が20日間も延期されたことは、新パルマに新たな困難をもたらした。もし登録が認められなかった場合、新パルマは単なる新規設立されたアマチュアクラブとして、さらに下のカテゴリーからスタートを切らなければならなくなる。スカーラ会長とミノッティTDは、6月末の設立直後から多くの選手に声をかけていたが、その大部分がセリエD参戦が確定していないという理由で回答を保留するか、他のクラブと契約することを選んだのだ。そのため、参戦が正式決定した7月26日の時点で契約を交わしていたのは、旧パルマの主将でチーム存続のために先頭に立って力を尽くしたアレッサンドロ・ルカレッリただ1人だった。

 参戦決定後ミノッティは急ピッチで選手獲得を進め、その後の1週間で何とかチームの体裁を整えた。週明けの8月3日からやっと、アポローニ監督の下でプレシーズンのトレーニングがスタートする。

 1年目の目標は、グループで1位となってレーガプロ(3部)昇格を果たすこと。ミノッティが獲得しているのも、多くはレーガプロやセリエBでプレーしていてもおかしくないレベルのプレーヤーだ。

 不幸中の幸いと言えるのは、リーグ登録チームの決定が延びたのと同じ理由で、セリエDの開幕も最も早くて9月6日、場合によってはさらに先に延びる可能性があること。開幕時にはチームはしっかり固まっているはずだ。

 パルマFCの「灰から再生した」新クラブ、パルマ1913の歩みは始まったばかり。市民参加型という新たな経営的実験の行方も含めて、今後の展開を見守って行きたい。

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著者プロフィール

1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。2017年末の『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』(河出書房新社)に続き、この6月に新刊『モダンサッカーの教科書』(レナート・バルディとの共著/ソル・メディア)が発売。

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