ペルーで戦う澤昌克のプレー環境 コンバートされたウイングバックでの成功

中田徹

ウイングバックでプレーする澤

ペルーの1部リーグに所属するムニシパルでプレーをしている澤 【中田徹】

 リマのビジャ・エルサルバドール区は、市街地から30キロほど離れている。ここを本拠地とするデポルティボ・ムニシパルが、名門スポルティング・クリスタルを迎えるゲームを見に行った。

 リマ中心部からのバス路線網は伸びているが、途中広大な野原があった後に再び街が現れるので、もうここがリマという感覚はない。市場の前でバスを降り、スタジアムへ向かって歩き出すと、人々の活力に自分もエネルギーをもらいつつ、五感のセンサーが「ここは気をつけろ」というアラームをキャッチする。やがてスタジアムに着くと、キックオフまでまだ3時間もあるのに、おびただしい数の警官が立っていた。

 それでも、前座のリザーブリーグの観客席はのどかなもの。しかし、ピッチの上ではテクニシャンたちがハイレベルなサッカーをしていた。

 トップチームの試合は午後3時から。場内アナウンスがメンバーを読み上げていく。そして「マサカツ・サワ!」という叫びに、一瞬我を失った。元柏レイソルの澤昌克がペルーでプレーしているのは知っていたが、てっきり他のチームにいると勘違いしていた。

 キックオフの笛が鳴り、澤の姿を探すも見つけるのに少し時間がかかった。6番のボランチが日本人らしき雰囲気だったが、彼は日系ペルー人のナカヤという選手だった。ムニシパルのアタッカー陣に澤らしき姿はない。やっと遠くに澤の姿を認めたのは、試合が始まってから4、5分ほど経った時。本来FWだった彼は、左サイドのウイングバックとして守備に奮闘していたのだ。

 試合は一進一退のまま、34分を迎えた。ここでストライカーのイバン・ブロスがスライディングシュートで均衡を破り、ムニシパルが1点を先制する。攻撃陣とサポーターが歓喜を分かち合う中、澤を含めた守備陣は真剣な表情で何かを話し合っている。その後のムニシパルはラインを下げ、かなり守備にアクセントを置いた戦い方をした。

 後半途中、クリスタルは両サイドのアタッカーを交代させた。澤のマークは効いている。終盤、空が薄暗くなってきたが、照明はつかない。いや、このスタジアムにはナイター施設がなかった。澤がサイドラインを駆け上がり、パス交換をしてから味方がボールをロストすると、すかさずプレスをかけ、相手のキックをブロックし、タッチに切ってチームに一服させる時間を与える。すると観客席から「チーノ、ビエン(中国人、いいぞ)」の歓声が湧く。

 ムニシパルは、強豪クリスタルを1−0で破り、これで暫定2位となった。昨季2部リーグだったチームの快進撃が続いている。

歴史の深いムニシパル

07年に名門クリスタルでプレー経験がある澤(左) 【写真:ロイター/アフロ】

 試合後、取材エリアで澤に話を聞くことができた。左ウイングバックにコンバートされたのは、どうやらコパ・アメリカによるリーグ中断期間だったらしい。

「ミニ合宿があったんですけれど、そこで僕が左ウイングバックを試されて、このポジションに定着しました。それまではFWをやったり左ウイングをやっていました。左ウイングバックは今日で2試合目ですね。5バックの一番左という感じです」

 クリスタルは名門であり、澤の古巣でもある。完封勝利というのは、さぞかし気持ちのいいものではないだろうか。

「キャプテンのロバトンとか、キーパー(ディエゴ・ペニー)とか代表選手が結構います。チームメートだった選手もいるので、相手は僕のことを知っているし、僕も相手のことを知っている。やりにくさはありました。でも、僕らがやることはオーガナイズして、5バックがしっかり守備を締めて、少ないチャンスをものにする。それは、この前の試合もそうでしたし、今日の試合もそう。良い感じだと思います」

――昨日はサン・マルティン、今日はムニシパルのホームゲームを見ました。チームの事前情報を持たないまま試合を見に来たけれど、ペルーリーグは面白かったです。

「そうなんです。ムニシパルは日本でいう、昔の読売ヴェルディ(現・東京ヴェルディ)みたいな感じです。1935年創設で80年の歴史があり、育成がすごく良くて、このチームからたくさんの代表選手が出ているんです」

――リザーブリーグではムニシパルが、ハーフウェーラインまでラインを上げて、クリスタル相手にオフサイドをたくさん取っていた(結果は1−1)。押し気味の試合内容からも、リザーブチームのポリシーを感じましたが。

「リザーブチームとトップチームはシステムが違い、僕たちトップチームは勝つために完全に(守備で中を)締めて、少ないチャンスをものにしたら勝ち切るというのを今シーズン通してやっています」

――サン・マルティンと違って、ここのサポーターは熱狂的ですね。

「このチームは古いので、ペルーでもアリアンサ・リマ、クリスタル、ラU(ウニベルシタリオ・デポルテス)といった大きなチームと並ぶぐらいサポーターが多いんです。歴史の深いチームなんです」

――クリスタル戦はダービーということですか?

「ある意味そうですね。でも本当のダービーは、ラU戦なんです。彼らのスタジアムは8万人収容なのですが、先週僕たちがアウェーで戦って1−0で勝っているんです」

――その試合で初めてウイングバックをやったのですか?

「そうなんです。僕が珍プレーでゴールを決めちゃって、1−0で勝ってしまったんです」

 その“珍プレー”とは、相手のDFに対し澤が足を上げながらプレッシングをかけ、クリアを阻止すると、ブロックしたボールがそのまま相手GKの頭上を超えてゴールインしたもの。澤が左ウイングバックになってから、2試合連続で強豪相手に“1−0”という痺れるスコアで勝っている上、ラッキーゴールも決めているのだからコンバートは成功していると言えるのだろう。

 澤がムニシパルに加入した頃、チームはまだ2部リーグだった。

「このチームはすごく経済的に問題があって、波がある不安定なチームだったんです。2部に落ちて、さらに3年ぐらい前まで地方リーグだったんですよ。あまり経済的に恵まれていなくて、ライセンスを取られてしまい(カテゴリーを)落とされてしまったんです。一からやり直して2013年に2部リーグに上がって、去年僕が入って1部に上がりました」

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著者プロフィール

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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