中京制するはコリオリの力“コリベリ”=乗峯栄一の「競馬巴投げ!第101回」

乗峯栄一

「カナザワ、行きますか?」

[写真4]昨秋の南部杯V、今年フェブラリーS3着などベストウォーリアの力はここでも上位クラス 【写真:乗峯栄一】

 そんなことを考えながら、ダービーの帰り、夜遅く東京からの新幹線に乗っていた。名古屋から大きな荷物ひきずった男がぼくの隣りに座る。キョロキョロとあたりを見回している。見るからに怪しい。

 横顔を見るとどうも日本人じゃない。大丈夫かと思っていると、その男「カナザワ行きますか?」と話しかけてくる。

「はあ?」

「カナザワ、行きますか?」と言葉がたどたどしい。男は手の中の切符を見せる。金沢までの乗車券に、米原までの新幹線特急券、米原からの特急券の三枚の切符を握っている。

「カナザワ行かない。カナザワ新幹線じゃない。米原で乗り換え、マイバラ、チェンジ・トレイン、ユー・ノウ?」

 これでもかつては英会話のジオスに5年通って、来たるべき海外競馬取材の依頼に応えようとしていた男だ(まったく海外取材の依頼がなく、そのうち諦めて退校したが)。さすがの英会話と言いたいところだが、男のたどたどしい日本語につられて、日本語か、英語か、訳の分からない言葉で返事する。

 だいたい、その男も英語はあまり得意じゃなさそうなのだ。でも、とにかく金沢は行かない。右にヨれている。コリオリの力かもしれないが、とにかくそこだけは教えてやらないと。

 でもその男は「フゥワァー」みたいな溜息ついて自分の頭をコンコンと叩くだけで、事態が分かっているのかどうかも判然としない。だいたい名古屋駅で切符貰うとき説明受けたんじゃないのか? それに旅するときは地図ぐらい見とけよ。

人間も右にヨれだしたら、どんどんヨれていく

[写真5]レッドアルヴィスはフェブラリーSを挟んでオープン特別を2勝、この相手関係なら 【写真:乗峯栄一】

「ファット・ユア・カントリー?」と聞くと「ブラジル。でも奥さんフィリピン人。でも2カ月前フィリピン帰った」などと聞いてないことまでドンドン喋る。

「でも友達タカオカにいる。ほんとはカナザワじゃなくてタカオカ行きたい」

 もう訳が分からん。タカオカなら、もっと右にヨれとるやないか。ヨれ過ぎや。

「ま、とにかくユー・ハフトゥ・チェンジ・トレイン、マイバラ」とvの発音に気をつけながら親切に説明すると「ポルトガル語ですか?」などと聞いてくる。

 ポルトガル語な訳がないやろ、英語や、イングリッシュ・カンバセーションや、ほんまにと憤慨する。

「でも奥さん、フィリピンから帰って来て欲しい。娘も一緒。タカオカにいれば帰ってきてくれますか?」と泣きそうな顔で聞いてくる。知らんがな、そんなこと。そのとき車内掲示板に「次は京都」と出た。

「にいちゃん、えらいことや、米原止まらへんがな、ノー・ストップ・マイバラや」と立ち上がり、車掌を探していると「カナザワは新幹線じゃない?」と男はまだ意味不明のことを呟きながら泣きそうになっている。結局、その男、京都で降りたが、ホームから明るく手を振ってきた。何なんや。

 ちゃんと金沢まで行けたかどうか。ほんとに泡食った。でも人間も右にヨれだしたら、どんどんヨれていくということだ。

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著者プロフィール

 1955年岡山県生まれ。文筆業。92年「奈良林さんのアドバイス」で「小説新潮」新人賞佳作受賞。98年「なにわ忠臣蔵伝説」で朝日新人文学賞受賞。92年より大阪スポニチで競馬コラム連載中で、そのせいで折あらば栗東トレセンに出向いている。著書に「なにわ忠臣蔵伝説」(朝日出版社)「いつかバラの花咲く馬券を」(アールズ出版)等。ブログ「乗峯栄一のトレセン・リポート」

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