優しさに触れ、“無駄の大切さ”を知る=ル・マンの風 現地レポート最終回
パリとは違う、ル・マンの優しさ
ル・マン市民は本当に親切な、日本人的おもてなしをする人が多かった。街中で、サーキットで優しさに触れた 【田口浩次】
最初に驚かされたのは、ル・マン市だ。日曜日と月曜日の公開車検、そして金曜日のドライバーズパレードと、街とレースが一体となっている。1923年の初開催からすでに90年以上、それほど長い間、世界中から異国の人や文化をおもてなししてきたル・マン市の人々は、明らかにパリとは違う、それでいて田舎ならではの人の優しさがある。街で見つけた小さなワイン屋には地元の人が集まり、観光客には敷居が高いかと思いきや、主人はわれわれが日本からだと知ると、「日本人は本当に丁寧で、以前ここを訪れてワインを買った客がわざわざ手紙をくれたんだ」とお礼状の葉書をうれしそうに見せてくれた
そして、お土産用のワインを2本ほど購入すると、「この地域はリエットと呼ばれる豚肉と油で作ったパテのような料理が名物で、これはパンにつけても、ワインに合わせてもうまいんだ。缶詰もあるからぜひ買っていくといいよ」と押し付けではなく、おいしくワインを味わってほしいからとリエットを薦めてくれた。
親切な人が多い一方でスリも
レース前、グリッドには人だかり。通常ではあり得ないが、マーシャルスタッフのおかげでしっかり管理されていた 【田口浩次】
さらに街中を運転すれば、曲がるときに対向車がこちらの顔を見て、「お先にどうぞ」と手でジェスチャーしてくれる。こうした数々の体験は、正直フランスでは初めてだったので本当に驚いた。これまで抱いていたフランス人のイメージはパリっ子だったり、ニースのような観光都市のイメージが強かっただけで、親切な人は多いのだと。
ただし、彼らに注意されたのは、ル・マン24時間レースは祭りなので、フランス中からスリが集まってくるから、荷物には気をつけなさい、ということ。パリの地下鉄のような、面倒な部分もル・マンには来てしまっている。つまり、人の良い部分も悪い部分も、フランスらしさが全部集まっているのが、ル・マン24時間レースということになるのかもしれない。
自由度高く、運営のさじ加減は絶妙
自由席なのにこんな特等席がある。これは他のサーキットではなかなか実現できない 【田口浩次】
また、自由席であっても、見やすい場所が無数に確保されている。それでいて、より高価なスタンド席などのチケットを購入すれば、パドック区域へ出入りすることができ、レース後に観衆のひとりとなって、表彰台下へと向かうことができる。
そして、ここが大事なのだが、レースを楽しむのがほんの一部であっても構わないというスタンスがある。単純に仲間同士でキャンプに遊びに来て、エンジン音を聞きながら飲んで、ちょっとだけパビリオンや各自動車メーカーのブースなどを見学する。走行するマシンをほとんど見ないままル・マンを後にする観客も多い。つまり、このル・マン24時間レースで開催される祭りを楽しみにやって来ているのだ。
今回、レースをさまざまな形や場所で楽しむ観客を見て思ったのは、できる限り自由な部分を残して、規制しなければいけない部分は、安全面などの一部で良いということ。ドライバーとの接点も多く、結果的にチームやドライバーも「ル・マンはこういうもの」と納得している。なんでもルールで縛ろうとすると、結果的に魅力は損なわれてしまうものだが、ル・マン24時間レースはそのバランスが素晴らしい。運営側のさじ加減は絶妙だった。