苦手なクレーにあえて挑んだ土居美咲 欧州での実戦経験が全仏OPで結実
日本には圧倒的に少ないクレーコート
全仏オープンのサーフェスは鮮やかなレッドクレー。球速を落としつつも高く跳ね上がるのが特徴だ 【写真:ロイター/アフロ】
今回の全仏オープンでは、男子5人、女子2人が本戦に出場した日本勢。そのうち、錦織圭(日清食品)、ダニエル太郎(エイブル)、そして西岡良仁(ヨネックス)の男子3人が、欧米に拠点を持つ選手なのは決して偶然ではないだろう。13歳からスペイン・バレンシアのアカデミー育ちのダニエルは、以降、典型的なクレーテニスをたたき込まれてきた。錦織や西岡は、10代の頃からフロリダを拠点に、南米のクレー大会にも参戦した実績がある。
対して日本やアジアには、クレーコートが圧倒的に少ない。少ないから若い内に経験が積めず、経験がないから苦手意識を抱き、苦手意識があるから、ますますクレーを避けて経験を積む機会が減っていく。
では、そもそも「クレーコート」とは何か? 日本語に直訳すればクレーは「土」の意だが、クレーコートは、単に土がむき出しのコートではない。全仏のようなレッドクレーは、火山砂利や砕いた石灰岩の上に、砕いた赤レンガ製の砂を敷き詰めて人工的に作ったものだ。
このコートの特性は、バウンド後のボールが砂に食い込み、球速を落としつつも高く跳ね上がることにある。だから、ラリーが続きやすい。スピン回転を掛け、高いバウンドを利する選手が有利でもある。
ハードコートや“砂入り人工芝”などのバウンドの低いコートで育ち、相手の力を利用した低く速いカウンターショットを得意とする多くの日本人選手は、これらクレーの特性をことごとく不得手とする。現に今回の全仏でも、7人の女子選手が予選に参加したが、その全員が初戦で敗れた。
赤土での実戦経験を重ねた土居
全仏オープン2回戦では、世界7位のイバノビッチ相手に劇的な熱戦を演じた 【写真:ロイター/アフロ】
この日、彼女が自慢の左腕(フォアハンド)で奪ったウイナーは、相手のフォアのウイナー数18本を大きく上回る28本。外に逃げていくボールを効果的に使い、相手をコートから追い出し作ったオープンスペースに、恐れなくフォアの強打をたたき込む。クレーの特性を生かし戦略性にも飛んだプレーが、28本のウイナーの正体だ。
そんな土居も元々は、クレーを最も苦手とした。
「日本ではクレーコートが少ないので、経験が圧倒的に足りない。クレーシーズンそのものも短いので、いつも『慣れてきたな、クレーのプレーが楽しくなってきたな』と思う頃には、ウィンブルドンなど芝のコートになってしまう」
クレーの難しさを、土居はそのように説明した。
同時に土居は、プロになり世界を転戦し始めた頃から、ショットの選択肢が増え、戦術面の幅も広がるクレーに魅力と躍進の可能性を感じていた。だからこそ今季は、4月下旬から欧州に渡り、赤土での実戦経験を積み重ねながら全仏に挑んだのだ。単純にランキングのことをだけを考えるなら、日本や東アジアの大会を回った方がリスクは少なく、数字も上がったかもしれない。現に、そうしている選手も少なくない。それでも土居は、より大きな舞台で結果を残すべく、あえて険しい道を選んだ。
結果得た対価は、準グランドスラムに相当する5月のローマ大会での本戦出場、続くニュルンベルグ大会でのベスト8、そして全仏での初勝利とイバノビッチとの劇的な熱戦。そこで手にした自信と経験値は、単純なランキングポイントで測れるものでは決してない。
ウィンブルドン本戦出場を目指して
「あ〜、本戦に出たい!」
充実の欧州クレーコートの戦いを全て終え、土居は祈るようにうめいた。
他選手の不幸を願うつもりは、当然ながら毛頭ない。
ただ、勇気をもって意義ある道と価値ある勝負を選び取ってきた彼女に、粋な幸運が訪れることを、祈らずにもいられない。
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