敗退にもクラブの格を示したバイエルン 戦い続ける意味と意義を知る選手たち

中野吉之伴

状況を理解したファンの後押し

バルセロナ戦を前にバイエルン・ミュンヘンのファンが描いたコレオグラフィー。逆転の可能性が低い中でも、サポートする姿勢を見せた 【写真:ロイター/アフロ】

 試合前にゴール裏に描かれるコレオグラフィーは見るものの気持ちを高揚させ、何のための戦いかとファンの思いをまとめあげる。ポルトとのチャンピオンズリーグ(CL)準々決勝第2戦(6−1)では“NIEMALS AUFGEBEN!(絶対に諦めない!)”という言葉が送られた。「初戦を1−3で落としていたが諦めてはならない、まだチャンスはあるのだから」というメッセージ。いつも以上のテンションでチームをサポートするファンの後押しもあり、バイエルンは序盤からの猛攻で前半のうちに一気に逆転に成功し、準決勝進出を果たした。

 それが今回のバルセロナ戦では少しメッセージの方向性が変わっていた。“Eine Stadt.Ein Traum(一つの街。一つの夢)”。ファンも分かっている。バルセロナを相手にCL準決勝初戦で0−3で敗れたチームが2戦目で逆転するのはほぼ不可能だということを。元バイエルンキャプテンのシュテファン・エッフェンベルクは「0−1で負けていても非常に危険な状況だった。それが0−3での負けだ。いや、突破はできないだろう。願ってはいるが、リアリスティックに観なければならない。バルセロナのレベルを考えると不可能だ」と答えていた。それでもみんなの力を合わせて、夢に向かって立ち向かおうと呼びかけた。自分たちの誇りと尊厳のためにも。突破の可能性が低いからと逃げ出すわけにはいかない。その思いは選手にもしっかりと伝わっていた。トーマス・ミュラーは試合後「今日のスタジアムの雰囲気には鳥肌がたった。こんなことはめったにあることではない」と感謝の言葉を述べていた。

ポルト戦の再現を狙ったペップ

ポルト戦と同様、グアルディオラ監督は高さを生かす戦術で逆転を目指した 【写真:ロイター/アフロ】

 結果的に3−2で勝利したものの、1戦目の負けが響き準決勝敗退(2戦合計で3−5)。7分にシャビ・アロンソのCKからメディ・ベナティアがヘディングでゴールを決めた時には「もしかして」の思いも膨れ上がったが、バルセロナの攻撃を抑えきることはできなかった。ジョゼップ・グアルディオラ監督が無策で臨んだわけではない。相手の弱いところをつきながら、自分たちの長所を発揮できる策。狙いは大逆転したポルト戦とほぼ同じだったのだろう。両サイドの攻撃的なポジションで右にフィリップ・ラーム、左にバスティアン・シュバインシュタイガーを配備。相手の意識を外に向けさせたところで、チアゴ・アルカンタラが中央のスペースへ侵入。ロベルト・レバンドフスキとミュラーのポストワークを生かしながらゴールに迫る。

 バルセロナよりもバイエルンが優っているポイントの一つは空中戦の強さ。単純な放り込みではなく、ビルドアップで相手守備を揺さぶり、狙いを定めきれない時にクロスを入れることで、武器の高さをより生かすことができる。事実前半だけでもこの形からミュラーやレバンドフスキがゴールチャンスをつかんでいた。この内の一つが得点につながっていたら、展開もまた変わっていただろう。しかしバルセロナGKマルク=アンドレ・テア・シュテーゲンが何度もファインセーブを披露し、少しずつバイエルンに焦りを与えていく。

 少なくとも3−0で勝たなければ延長に持ち込むこともできないというプレッシャーは相当なものだったと思われる。「勝つためには攻め続けるしかない」と言葉では簡単に表すことができる。しかしバルセロナの前線にはルイス・スアレス、リオネル・メッシ、ネイマールという強力という言葉以上の破壊力を誇る3人がいる。闇雲に攻め入っても変な形でボールを失えば、あっという間にカウンターからピンチを招いてしまう。

 昨シーズンのCL準決勝レアル・マドリー戦がそうだった。自分たちの体勢が整っていないのに縦パスを狙ったり、ドリブル勝負を仕掛けてしまい、奪われたボールに対してアプローチができないまま高速カウンターを何度も浴びて、沈んでしまった(2戦合計0−5で敗退)。

 明確な意図を持たないプレーはアリバイでしかない。大逆転のためにはゴールが必要だからといって、いきなり3点をひっくり返すことはできない。相手陣でボールを奪ってすぐに攻撃に持ち込みたくても、不用意な状況でプレスをかければかわされるだけ。すぐに取りに行ける時はためらうことなく襲いかかり、取りきれないと思ったら守備陣形をセットしなおして次の展開に備える。一つ一つのプレーを丁寧にしながら、視線は常にゴールをとらえ続ける。1点ずつの積み重ねでしか夢を現実へとたぐり寄せるすることはできないのだ。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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