女子ボクシング界を盛り上げるために〜世界王者・藤岡奈穂子の使命〜

船橋真二郎

メキシコで世界王者が地域王者に挑戦

日本時間3月15日、WBA女子世界スーパーフライ級王者の藤岡奈穂子がメキシコでメキシコ女子ボクシング界の大物マリアナ・フアレスと対戦する 【スポーツナビ】

 WBA女子世界スーパーフライ級王者の藤岡奈穂子(竹原慎二&畑山隆則)が3月14日(日本時間15日)、メキシコに乗り込み、地元のマリアナ・フアレスと対戦する。試合はフアレスの持つWBC女子インターナショナル王座に同じ階級の現役世界王者である藤岡が挑むという複雑な形で行われる。藤岡に逡巡がなかったわけではない。

「海外は賭け。次にやるなら、3本目のベルトを狙って、フライ級か、ライトフライ級で勝負したかった」

 元WBC女子世界ミニフライ級王者でもある藤岡は昨年11月、3階級制覇を目指し、ドイツでWBA女子世界フライ級王者のスージー・ケンティキアン(ドイツ)に挑戦。判定でプロ初黒星を喫していた。アウェイの厳しさは身を持って知っている。だが、オファーを電話で伝えてきた柴田貴之マネージャー兼トレーナーには、その場で返事をする必要があった。

「無言のまま、すごく悩んだけど、相手がフアレスというメキシコで試合するなら、この人しかいないという選手。それにメキシコは女子ボクシングの本場で、男子で言えば、ラスベガスのような申し分のない場所。最高の舞台で最高の相手と戦える。そこだけに集中しようと」

人気と強さを兼ね備えたフアレス

メキシコの高地に合わせて低酸素トレーニングに取り組む藤岡。2500メートルに設定されたトレーニングルームでダッシュとミット打ちを繰り返した 【スポーツナビ】

 元WBC女子世界フライ級王者のフアレスは同王座を14連続防衛したこともあり、通算50戦(40勝17KO7敗3分)を誇る歴戦の戦士。女子ボクシングが盛んなメキシコで“バービー”の愛称で親しまれる人気選手だ。前戦のスージーもまた14連続防衛と通算17度防衛の実力者にして人気者。2戦続けて世界のトップレベルと海外で拳を交える決断をした藤岡は、フアレスとの一戦に自身の集大成と日本女子ボクシングの誇りを懸ける。

「自分のなかで、燃え尽きたいというか、ドイツでは完全燃焼できなかったのでメキシコで爆発したい気持ちがある。それとポスターにはメキシコ対日本と書かれているし、日本を背負って、日本の女子ボクサーはこんなだぞ、というのを見せたい」

 フアレスと日本人の対戦成績は通算4勝1敗。1敗は2年前に強打の元東洋太平洋女子バンタム級王者、東郷理代(アルファ)に初回TKO負けを喫したもので、3カ月後には戦い方を変えて判定で雪辱した。引き出しも多く、体格でも上のフアレスに対し、「機動力命で早い回で勝負を決めたい」と判定では分が悪いアウェイの戦いを見据えている。

山口と3階級上げての王座戦

「女子ボクシングを背負う立場であるチャンピオンの義務」と女子ボクシング人気向上の牽引役として数々の印象の残るファイトを見せてきた藤岡 【スポーツナビ】

 年間女子MVP2度(2011年、13年)、同女子最高試合3度(11年、13年、14年)、名実ともに現在の日本女子ボクシングを担う存在が藤岡だ。まずもって、その試合内容が素晴らしい。中学、高校、実業団とソフトボールで鍛えた運動能力の高さと、国内無敵を誇ったアマチュア時代に培ったスキルの確かさを生かしたボクシングは、実にダイナミック。機動性とパワフルさを兼ね備えたスタイルは現在7名の世界王者を抱える日本の女子ボクシング界で異彩を放つ。それだけではない。「女子ボクシングを背負う立場であるチャンピオンの義務」とはっきり自覚し、女子の人気向上の牽引役として、藤岡ほど、印象的なファイトを見せてきた選手もいないだろう。

 その最たる例が、13年11月に行われたWBA女子世界スーパーフライ級王者の山口直子(白井・具志堅)との一戦だ。国内屈指の強打者である山口と藤岡の組み合わせは当時、日本女子ボクシング最高のカードと言われた。問題はその階級差だ。山口のスーパーフライ級と藤岡のミニフライ級では3階級、約4.5キロの体重差があり、藤岡にとっては“無謀な挑戦”であり“常識を超えた試合”でもあった。親交のあった2人に共通の思いは低迷する女子ボクシングの現状打破。人気向上の起爆剤となるべく、2度防衛したミニフライ級のベルトを投げ打ってまで藤岡は山口と拳を交えたのだ。

期待以上の激闘も厳しい現実…

 ベストを尽くした両者の戦いは期待以上の激闘となる。3回に先制のダウンを奪ったのは藤岡だった。真っ向勝負の白熱の攻防は試合終了ゴングまで繰り広げられ、不利と言われた藤岡の手が上げられる。会場の東京・後楽園ホールは沸騰し、大きな拍手に包まれた。しかし文字どおりに身を削り、女子ボクシングの可能性を示した一方で厳しい現実を突きつけられていた。

「ぐっさん(山口)も『テレビがつくと思ったのに』って。で、実際にはつかなくて。そういう意味では複雑な思いを抱えながらの試合でした。もちろん、会場は盛り上がったし、試合自体は高く評価してもらえたけど、『だから何?』というか、その後が続かないというか。だったら、残った自分が話題をつくり続けるしかないな、と」

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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