女子ボクシング界を盛り上げるために〜世界王者・藤岡奈穂子の使命〜

船橋真二郎

年間最高試合をもたらした川西戦

14年7月に行われた川西友子との防衛戦は14年の女子年間最高試合に選出された 【中原義史】

 この試合を最後に現役を退いた山口にベルトを託された格好の藤岡が14年7月、次に迎えたのは川西友子(大阪帝拳)だった。前年4月、後楽園ホールで王者を4度倒す4回TKOの圧勝劇で東洋太平洋王座を奪った川西は、続く初防衛戦を初回TKOで終わらせるなど、同王座を2度防衛中の若手注目株。バスケットボールの競技経験をベースに171センチの長身を利したシャープなボクシングを見せ、その実力を高く評価されていた。
 両者のハイレベルな攻防は、後半に突き放した藤岡が判定で勝利。試合後、川西の控え室を訪ねた藤岡が「頑張って……」と言いかけ、「(一緒に)頑張りましょう!」と言い直した姿が印象的だった。
 ところが山口戦に続き、2人に年間最高試合の栄誉をもたらした一戦の先には、また落胆が待っていた。しばらくして、川西が引退を表明するのだ。
「階級を上げて戦った2人が辞めて。盛り上げてるのか、盛り下げてるのか、わからないなと悩んだこともあった」という藤岡は大阪に川西を訪ね、説得を試みた。
「もっと早く会いたかったと言ってくれて。大阪帝拳では女子はひとり。周りの状況を知るきっかけもないし、相談もできない。このままでは辞めていく人がいても仕方ない環境だし、もったいないと」

「日本の代表として海外でやる」

低酸素トレーニングでは「最初からここまで動ける人はいない」とスタッフも舌を巻くほどのフィジカルを披露 【スポーツナビ】

 引き止めることはできなかったが、まだ歴史の浅いこの競技の今後について、藤岡は思いを新たにすることになる。
「ジムの垣根を越えて、4回戦からチャンピオンまで一緒の定期練習会みたいなのをやりたいとは、ずっと思っていたんです。アドバイスもできるし、悩みがあれば、相談にも乗れる。みんなが頑張ってるんだから、頑張ろうと思ってもらえるかもしれない。ひとりでは難しいことなので、協会やいろいろな方に協力してもらって、実現できれば」

 経費のかかる国内での世界戦開催は、スポンサーの協力がなければ、困難になってきている。海外の有力選手ともなれば、その招聘はさらに難しい。藤岡の海外連戦もそんな事情と無縁ではない。それでも「もう日本だけでは限界があるし、日本を代表する選手のひとりとして、海外でやるという意識もある」と前向きに捉えるのは山口や川西の思いを背負っているからだ。
「自分にできることは、いい相手といい試合をし続けることで、辞めていった選手たちに『藤岡とやって良かった』と誇りに思ってもらうこと。それが自分の使命でもあると思う」

40間近でも驚きのパフォーマンス

低酸素トレーニング中の厳しい顔とは一転、練習終了後は柴田トレーナーと笑顔の2ショット 【スポーツナビ】

 メキシコでは当たり前とも聞くが、当初、イダルゴ州エパソユカンと伝えられた開催地はメヒコ州ナウカルパンに変更になった。「会場は行ってみないとわからない」と藤岡は笑う。これもアウェイの厳しさのほんの一部。いずれにしても舞台は標高2400メートルの高地だ。藤岡はプロスキーヤーで冒険家の三浦雄一郎氏が主宰する『ミウラ・ドルフィンズ』の低酸素ルームで、ランニング・マシーンでのインターバル走、柴田トレーナーとのミット打ちを繰り返す。今回が初体験の低酸素トレーニングで「最初からここまで動ける人はいない」とスタッフも舌を巻く適性の高さを示した。一方では「少し反応が鈍るし、動きが落ちる」と通常とは勝手の違うことも体感した。実際にはどうなるか、わからない部分もあるが「やっておくことで自信になる」とメンタル面の効果も口にする。

 そのほかにも、効率的なサーキットメニューで総合的にフィジカルを鍛えるクロスフィットトレーニング、前戦から採り入れ、体のキレが増したと効果を実感したファスティング(断食)など、短い約1カ月という準備期間のなかで最善を尽くしている。今年8月で40歳。「幸い体力は並みよりはあると思うんで」とは本人の弁を待つまでもない。ただ、「パフォーマンスが落ちたときが辞めどき」と競技生活がそう長くないこともわかっている。

 女子ボクシングの未来を考え、階級を上げたからこそ、拓けた道。彼女の道はメキシコ経由でどこにつながるだろうか。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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