今井正人に訪れた脱“山の神”の瞬間 マラソンの潜在能力、東京でついに開花

加藤康博

タフさ、後半の粘りに磨きをかけた

14年のニューヨークシティマラソンでは7位と健闘。海外レースを経験し、確実にレベルアップしていった 【写真は共同】

 今井と言えば、やはり箱根駅伝の山上りの印象が強い。社会人となって8年経つが、今でも“山の神”と呼ばれる。ここまで周囲の高い期待を受けながらも、それに見合う結果が出せず、今井自身「マラソンで活躍できない自分が悪いんです」ともどかしさを感じていた。

 しかし昨年、その能力を開花させる兆しを見せた。2月の別府大分毎日マラソンで初のサブテン(2時間10分切り)を達成。「その1本だけでは意味がない」と2年連続でペースメーカーのいないニューヨークシティマラソンに出場し、序盤から展開の動くレースでタフさを養った。

 勝負を狙ったこの東京マラソン前には苦しい局面での粘りを身につけるため、練習で行う40キロ走の後半からチームの後輩である大津顕社を並走させ、どこでスパートをかけられても対応できる力を磨いた。
 股関節を動かすイメージを持つようになったのも今年1月になってからだが、「スッと動きに落とせるタイミングがあった」とすぐに自分のものにできたという。

「以前は周りからの期待に応えようという気持ちが強すぎて、うまくかみ合いませんでしたが、最近はいい意味で開き直りが出てきました。心技体3つがそろうのがこの年になりましたが、よく走ったと思います」

 森下広一監督は自身の現役時代のベストタイム、2時間8分53秒を上回った愛弟子の快走に笑みを浮かべた。

ここからが本当のマラソンの勝負

 ここ5年は大きなケガもなく、その潜在能力は関係者の間でも高く評価されていた今井。昨年夏のナショナルチームの北海道合宿でもリーダー役となり、練習を引っ張っている。日本陸上競技連盟のデータ測定では暑さへの高い適応力も確認されており、宗猛日本陸連男子中長距離・マラソン部長も「(世界選手権の行われる)北京でも走ってもらわないと困る選手だと思っていた。今日の日本人トップでホッとしている」と待望の快走に安どの表情を見せた。今回の今井が出した2時間7分39秒は日本人の現役選手としては最速のタイム。代表の座に限りなく近づいたと言っていいだろう。

「今日のレースもタイムより勝負だけを意識して走りました。トヨタ自動車九州に入ったのも森下監督のもとで、世界と勝負したかったから。記録では上回りましたが、監督は(バルセロナ)五輪で銀メダルを取っていますので、引き続き高い目標をもって前を向いていきます」

 ここから本当のマラソンの勝負が始まると表情を引き締めた今井。30キロ以降の世界基準のペースアップに対応するため、フォームに対する意識をさらに変えていくと話した。

 30歳にして初めてマラソンで笑顔でのフィニッシュに成功した今井。“山の神”から“マラソンの今井”へ。そのアピールに成功した東京マラソンとなった。

2/2ページ

著者プロフィール

スポーツライター。「スポーツの周辺にある物事や人」までを執筆対象としている。コピーライターとして広告作成やブランディングも手がける。著書に『消えたダービーマッチ』(コスミック出版)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント