PSGを悩ます2人のCFの共存問題 CLを前に募るブラン監督への不信感

木村かや子

ささやかれるブランの采配能力の限界

イブラヒモビッチとカバーニの共存問題を解決できず、采配面にも不安を残すブラン監督(写真)への風当たりは強い 【写真:ロイター/アフロ】

 この意見は、13日の記者会見の際にも挙がったが、ブランは「カバーニはペナルティーエリアで張るタイプのFWではない」という言葉で、暗にウイング起用を正当化しようとした。しかし、イブラヒモビッチはもともと1.5列目の選手であり、CFの位置についても、必ず大きく下がってボールをもらいにいく。カルロ・アンチェロッティ監督時代には、このイブラヒモビッチの傾向ゆえ、パストーレをトップ下に入れるとポジションがかぶるので、パストーレをサイドに移して成功した経緯もあった。

 イブラヒモビッチがトップ下の性向を備え、カバーニがセンターのポジションを好むことを考えれば、イブラヒモビッチをトップ下に入れた、4−2−3−1、あるいはセカンドアタッカーとした4−4−2は、理論上、十分に機能し得る布陣だ。このふたりが入れ替わり立ち代わりしつつゴールを脅かせるよう、少なくとも試してみるべきではないか、否、ここまでの過程で試しておくべきだったのではないか、というのがいまだ大方の意見なのである。

 ブランは決まった形に固執するタイプで、「3ボランチを変えたくないのだ」と言う者もいる。ブランには、「選手のコンディションを見て、布陣を調整する戦略的能力がないのだ」と言う者もいる。また、「同じ選手を使いすぎ、うまくローテーションができていない。だから選手が疲労し、別のものは試合勘を失い、多くの大会にうまく対処できないのだ」と言う者もいる。中には、「ボルドーのように層が薄く、スタメンが固定したチームではうまくやれても、PSGのようにスターが多く、選手層が厚いチームで、うまく選手を回す能力が彼にはない」と見切る者もいた。概して、母国の記者たちに擁護されてきたブランだが、今や彼の戦略的能力への批判は、勢いを増しこそすれ、鎮まりそうな気配はない。

 すべての元凶をひとりに押し付けるのは安易すぎるが、ブランに、CLで頂点を目指すクラブを切り回す力量がまだない、という印象は否めない。ブランが、何をやるにも右腕のガセット副監督に相談していたことはボルドー時代から有名で、代表監督の座を去ったあとには、「ブランは自分で戦略の説明をしなかった」と選手が漏らしたこともあった。

 しかし、ブランへの不信感の決定打となったのは、CLグループリーグの対バルセロナ2戦目に起きた、支離滅裂な采配だった。1−2とリードを奪われたあと、ブランはこの試合で最高のプレーをしていたマルコ・ベラッティをパストーレに、マテュイディをエゼキエル・ラベッシに替え、攻撃陣を増やすかわりに、ボランチをモッタひとりにしてしまうという奇策に出た。

 得点の必要性から、1−2でも1−3でも負けは負け、の精神でいったのかもしれない。しかしそこまで、リードされながらもゴールを脅かしていたPSGは、この交代によってガタガタに崩れ、得点を狙うどころか守るのが精いっぱいの状態に。得点できそうな気配すらなくなり、結局1−3で完敗して、第1戦での勝利を生かせずに終わった。

『自殺行為』『自爆』などと非難されたこの悲惨な敗戦のあとに、選手の一部はブランの采配への疑念を口にした。この試合前に絶好調だったパストーレを先発させなかったことにも異議の声が挙がっていたが、概してブランの行う交代は、害こそあれ、何の効果も与えないことが多かったのだ。

 こうしてブランと選手の間の溝は、沈黙の中で日に日に開いていく。中でも戦術眼が鋭いチアゴ・シウバがいら立ち、試合中に独断で、仲間にピッチ上の布陣を調整する指示を出したことさえあった。クラブがネガティブなコメントを禁じているため、不満の声は公にはされていない。しかしイブラヒモビッチがスウェーデンの新聞記者に漏らしたとされる「PSGでキャリアを終えたいと思っていたが、今、チーム内の雰囲気が極めて悪い。このようであれば、考え直さねばならないかもしれない」というコメントは、今季のPSGの健康状態を垣間見せていた。

 表立っては言わないが、クラブ幹部もこの時点でブランの指揮下ではCL制覇は無理、と見切りをつけ、水面下で次期監督を探していると言われている。

トレーニングの質への疑念

 そして最後に、最近の故障者続出で頻繁にささやかれるようになった、「PSGのフィジカルケアは、トップクラブのレベルにあるのか」という疑問がある。というのも、アンチェロッティ監督時代のイブラヒモビッチは、今以上に多くの試合をこなしながら、全く故障もなく、ほぼ常に好調を維持していたからだ。

 通常、フィジカル・トレーナーは、監督とセットでついてくる。現在の状態を見ると、アンチェロッティがチェルシーから呼んできたコンディショニングの専門家、またユーベ時代からの仲のトレーナーの存在が、非常に重要だったのではないか、と訝(いぶか)らずにはいられない。前者は不遇の事故で亡くなり、後者はアンチェロッティとともに去ってしまった。この説の正当性は定かではないが、アンチェロッティ時代と比べ、練習の密度が低すぎる、というのは、観察してきた記者たちの共通の意見でもある。

 最後に、ブランを多少なりとも弁護するために言えば、今季のPSGは、コンディショニングの面で、出だしからつまづいていた。主力のほとんどが代表選手であるため、ワールドカップ(W杯)で疲労していたことに加え、W杯に出ていないイブラヒモビッチまでが疲れ切っていたのだ。そしてその原因が、夏のアジア・ツアーだった。暑い中、北京などで連戦した上、客寄せパンダとして、スポンサーの催すイベントに夜更けまで引き回されたイブラヒモビッチは、「あんなことは二度とごめんだ」と陰で漏らしていたという。

 おかげでシーズン序盤のPSGは、エンジンが一向にかからないまま、弱小相手の引き分けで勝ち点を取りこぼし、現在の3位に甘んじている。さらに選手レベルが高いことから、苦労しながらもCL、リーグ・カップ、フランス・カップの全大会で勝ち残っており、その日程は過酷なものだ。そしてここでも、すべてに勝つことを義務付けられるクラブに必須な、ローテーション能力の力量の問題が、舞い戻ってくるのである。

それでもPSGはやってのけるのか

CLでは昨季敗れたチェルシーとの再戦。一致団結し、雪辱を果たせるか 【写真:アフロ】

 最高の状態でも難しいCLだけに、この監督で優勝を狙うのは無理、という諦めの声は、そこここで聞かれる。不運と然るべき理由のミックスで、現在、最悪に近い状態にあるPSGだが、CLになるとレベルを上げ、一致団結する選手たちがそろっているだけに、希望が完全に消えたわけではない。中でも吉報は、ずっと振るわなかったイブラヒモビッチがようやく好調さを取り戻した様子であることだ。

 リーグ戦に関しては、カーン戦での痛恨の引き分けにも関わらず、優勝のライバルであるリヨンとマルセイユも引き分けたため、1位のリヨンとは勝ち点差2、2位のマルセイユとは勝ち点で並ぶという、まだ挽回可能な距離につけている。

 選手の質で言えば、リーグ・アンで一番なのはPSGだ。とはいえヨーロッパリーグで敗退したリヨン、もともと欧州カップ戦のないマルセイユは、共に国内カップ戦の双方でも敗退しており、週に1度のリーグ戦しかない余裕のスケジュール。シーズン末のラストスパートで、この負荷の違いが影響を及ぼす可能性も、否定しきれない。

 しかし、欧州トップクラブが漏れなく遭遇するこれらの困難を克服することも、このレベルではまだ駆け出しのPSGが、学び、たどらねばならない過程のひとつなのである。欧州のトップへの道はまだまだ険しい。

2/2ページ

著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。マルセイユの試合にはもれなく足を運び取材している。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント