ニッサンは本気? 驚きのWECマシン=赤井邦彦の「エフワン見聞録」第38回

赤井邦彦/AUTOSPORTweb

噂通りのニッサンWECニューマシン

米国時間の2月1日に公開された、ニッサンのWECマシン『ニッサンGT−R LMニスモ』。フロントにエンジンを搭載し前輪を駆動する、FF車だった! 【NISSAN】

 F1シーズンがそろそろ始まる。スペイン・ヘレスでは開幕前のテストが行われた。フェラーリが意外と速く、マクラーレン・ホンダは予想通りトラブルに手こずっていた。開幕戦までにはまだひと月半の時間があるので、この先状況がどう変わるか分からないが、興味深いシーズンになりそうなことは確かだ。

 そのF1同様、モータースポーツファンが目を離せないのが、WEC(世界耐久選手権)のLMP1クラスの戦いだ。昨年はトヨタ、アウディ、ポルシェの三つ巴の戦いが展開され、トヨタが初のWECタイトル(マニュファクチャラー、ドライバーともに)を獲得した。今年はそこにニッサンが加わり、四つ巴(こんな言葉があるのかどうか知らないが)の戦いになる。正直に言って自動車メーカーが4社も出てきてぶつかり合うWECは、見方によればF1よりエキサイティングかもしれない。特に各社が独自の技術を注ぎ込んで開発したクルマの完成度の高さと戦闘力の高さは驚くばかり。このカテゴリーに関しては、FIA(国際自動車連盟)は素晴らしい技術規則を制定したと言える。

 さて、LMP1クラス第4の勢力として登場してきた「ニッサンGT-R LMニスモ」、こいつが驚きのクルマだった。噂は以前から流れていた。フロントエンジンだとか、前輪の方が後輪より太いだとか……およそレーシングカーの常識を破るアイデアばかり。まさか噂通りのクルマが出てくるはずはないと踏んでいたのだが……。ところが、日本時間の2月2日に発表されたクルマを見て、驚いてひっくり返った。噂通りのクルマが登場したからだ。

フロントエンジン&フロントドライブ

 発表された資料によると、エンジンは運転席の前に搭載され、駆動方式も前輪駆動。噂ではエンジンは3リッターV6直噴ツインターボで、フライホイール式のハイブリッドシステムもフロントに搭載され、前輪を駆動するという。前輪駆動のためにフロントタイヤの幅はリヤタイヤより広く、前14インチ(35.56センチ)、後ろ9インチ(22.86センチ)といったサイズ。とにかく、レーシングカーが速く走るために淘汰されて行き着いた形状とは何もかもが異なるのだ。まあ、スタイルはお世辞にもカッコ良いとは言えないが、これはFF(フロントエンジン・フロントドライブ)形式を採用した結果だから仕方ない。

 で、疑問。このクルマはWECのLMP1クラスでアウディやトヨタ、ポルシェと対等に渡り合えるのか? テクニカルディレクターのベン・ボウルビーは自信ありそうだが……。直線だけのコースならまだしも、低速高速さまざまなコーナーがあるサーキットでFF車が速く走ることができるのか? 

「難しいでしょうね」と言うのはビークルダイナミクスに長じたある自動車メーカーの技術者だ。
「前輪はコーナーを回るときに舵角(だかく)を与えられます。リヤドライブなら後輪でクルマをプッシュするので、前輪の接地性能さえ高ければ前輪を切った方向に曲がります。オーバーステア、アンダーステアになったときも、ドライバーがアクセルやステアリングを操作することで理想に近いラインでコーナーを曲がることができます。しかし、FFでは前輪に舵角を与えながらけん引力も要求される。そこでオーバー、アンダーが出た場合にアクセルやステアリングを操作すると、前輪にかかるトラクションが変わったり、舵角とトラクションのバランスが崩れかねません。また、ニッサンGT-R LMニスモはリヤタイヤが細いので、コーナーではひとつコントロールを間違えると、すぐにブレークしてしまいます。よってメカニカルグリップ、空力によるグリップを非常に高くしておかなければならないでしょう」

 うーん、話を聞けば聞くほどFF車でレースを戦うのは難しそうだ。それも、今や1000馬力の争いになっているWEC・LMP1クラス。その馬力を前輪で受け止めてコーナーを速く抜けることがどれだけ難しいか、ドライバーにはこれから大変な仕事が待っていそうだ。

デルタウイングの経験から何を学んだのか……

 ニッサンは2年前のル・マン24時間レースに奇抜なデルタウイングを出走させた。デルタウイングは既成のレーシングカーに一石を投じるために開発された、奇をてらったクルマだったように私は考えるが、今回のニッサンGT-R LMニスモもなんだかその流れを汲んだクルマのように見える。ニッサンは本気でWECを戦う気があるのか、疑問に感じる点もある。

 その疑問を後押しするのは、実はこのニッサンGT-R LMニスモの開発に関しては、日本の技術陣はほとんど関与していないという点だ。あるニスモの上級関係者は、「我々が立ち入る余地はあまりないんです。エンジン関連はニスモでやっていますが、クルマはまったく日本とは関係ないところで開発されています」と言う。デルタウイングもそうだった。このプロジェクトを率いるニッサンのモータースポーツ担当責任者のダレン・コックスは、元デルタウイングの技術者。彼らがWECのLMP1クラスをどう理解し、デルタウイングの経験から何を学んだか。ニッサンGT-R LMニスモが成功するには、その点が重要だろう。

 ちなみにこのプロジェクトは、「将来のGT-R開発のための実験室」だと言うが、未来のGT-RはFFってことだろうか?

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著者プロフィール

赤井邦彦:世界中を縦横無尽に飛び回り、F1やWECを中心に取材するジャーナリスト。F1関連を中心に、自動車業界や航空業界などに関する著書多数。Twitter(@akaikunihiko)やFacebookを活用した、歯に衣着せぬ(本人曰く「歯に衣着せる」)物言いにも注目。2013年3月より本連載『エフワン見聞録』を開始。月2回の更新予定である。

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