NYに豊潤な時間を与えたイチロー 期間限定ロマンスを経てフロリダへ

杉浦大介

目の肥えたファンを魅了したプレー

引退した主将・ジーター(左)に次ぐ声援を浴びたヤンキース時代のイチロー 【写真:USA TODAY Sports/アフロ】

 10年連続オールスター&ゴールドグローブ賞選出、シーズン最多安打記録樹立といったイチローの実績は米国東海岸にもとどろいており、入団時から注目度は高かった。特に移籍直後は大都会で水を得た魚のようにプレーし、高レベルの打撃、守備でファンを魅了した。

「私はイチローに絶えず最大限の評価を与えてきた。米国に渡ってきた直後から、ファンにベースボールの面白さを教えてくれる選手として感謝もしてきた。もちろん今のイチローはかつてと同じ選手ではないのかもしれないが、“マジシャン”と呼べるほどのバットコントロールをまだ維持しているからね」

 オールドスクール系記者の代表格である元『ニューヨーク・タイムズ』紙のマレー・チャス氏が、13年開幕前にそう評していたことがあった。

 他ならぬ筆者も、イチローはテレビの画面を通してではなく、スタジアムで観てこそ良さが分かる選手だと即座に感じた。目の肥えたニューヨークのファンにとっても、日本産の天才プレーヤーの希有な魅力を感じ取るのはさほど難しいことではなかったに違いない。

振り返っても無視できないNYの日々

 ただ、ヤンキースが手にしたイチローがキャリアの黄昏期にいたことは事実であり、すべてが完璧だったわけではもちろんない。出塁率は低く、13〜14年にはOPSもガタ落ち。長い目でレギュラーが任せられる選手ではなかったし、最後の2年は控えが適任だった。そして、目標にしていた世界一どころか、最後の2年はプレーオフ進出すらも果たせなかった。

 しかし、ピーク時に獲得された鳴り物入りの補強選手ではなかったがゆえに、イチローのマイナス材料は取りたててやり玉に挙がることはなかった。チームを背負う存在ではなく、数年で去っていく選手だと誰もが理解していたがゆえに、イチローへの見方が必要以上に厳しくなることもなかった。
 
 結果として、ロマンスは両サイドにとって総じて実り多きものとなった。“セカンドチャンス”の街と呼ばれるニューヨークにて、イチローは自身のユニークな魅力をあらためて誇示し、大舞台で通算4000本安打を達成する機会を得た。一方、“コアフォー”(遊撃手デレク・ジーター、捕手ホルヘ・ポサダ、先発投手アンディ・ペティット、抑え投手マリアーノ・リベラ)の時代が終わり、目玉になる選手が乏しくなっていったヤンキースも、客を喜ばせられる貴重なタレントを手にした。

 両者は特に2年目中盤あたりまでは最高のハマり具合を見せ、ファンもその出会いを祝福した。おそらく3年目は余計だったが、別れ際は往々にしてきれいではないもので、だからといって良い日々がかき消されるわけではない。

 2015年春。イチローはマーリンズのメンバーとして再出発の季節を迎える。これから先にフロリダでどれだけ活躍しても、今後もあくまでマリナーズのスーパースターとして認識され、殿堂入りの際もシアトルの帽子を被るに違いない。
 ニューヨークでの日々は、野球人生晩年に迎えた第2章に過ぎなかった。ただ、たとえそうだとしても、その長いキャリアの中で、ニューヨーカーとの“期間限定付きロマンス”は無視できない輝きを放つ。
 マンハッタンの人々は、斬新で、職人気質で、格好付けるのが好きで、サービス精神旺盛な元スターを忘れることはない。短くとも豊潤な時間を供給してくれた1人の役者として、イチローを好意的に記憶し続けるはずである。

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著者プロフィール

東京都生まれ。日本で大学卒業と同時に渡米し、ニューヨークでフリーライターに。現在はボクシング、MLB、NBA、NFLなどを題材に執筆活動中。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボール・マガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞・電子版』など、雑誌やホームページに寄稿している。2014年10月20日に「日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価」(KKベストセラーズ)を上梓。Twitterは(http://twitter.com/daisukesugiura)

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