ベスト8は日本サッカー界の頭打ちか? 敗因とアギーレ体制の是非を考える

宇都宮徹壱

立て続けに起こったアクシデント

アクシデントもあり、日本は後半20分に交代カードを使い切っていた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 ここで、勝利したUAEについても言及しておきたい。今大会は、アフロヘアで左利きの10番、オマル・アブドゥラフマンにばかり注目が集まっていたが、私はむしろ監督のマフディ・アリのほうに興味が沸いた。ドバイ生まれのUAE人で、指導者に転じてからは自国のアンダー世代を長年にわたって指導し、12年のロンドン五輪では初出場のU−23代表を指揮。大会後にA代表の監督に就任している。UAEと言えば、これまでの歴代監督はヨーロッパ系の監督が多くを占めてきたが、監督が変わるたびに強化方針やスタイルは一からの再構築を余儀なくされていた。そこでUAE協会は、アンダー世代で実績を積んできた国内の人材にA代表の指揮を委ね、継続性のある強化方針を打ち出したのである。そこに、今大会における彼らの「新しさ」を見る思いがする。

 マフディ・アリが目指したのは、かつての「引いて守備を固めてからのカウンター」という、これまでの典型的な中東スタイルから脱却し、パスワークとビルドアップを重視したサッカーへの転換であった。そしてその方向性は、グループリーグでの戦いで随所に見られた。しかし、日本戦にあたって指揮官は「勝利のために、必ずしも良いサッカーをする必要はない。君たちには気持ちをもってプレーし、ハードワークすることを求めたい」と選手たちに語っている。それがこの日、私たちが目にしたゲームであった。地力で劣る中東勢が勝利するには(逆に、日本が中東勢に敗れるとすれば)、まさに「これしかない」という試合展開に持ち込むことに、彼らは見事に成功したのである。

 では、アギーレの采配をどう評価すべきであろうか。個人的には概ね妥当なものだったと考える。ただし、あまりにも運が足りなかった。後半頭での乾貴士から武藤嘉紀への交代は、前半の乾が再三のチャンスを決めきれなかったことに起因していたのだろう。よって武藤に期待されていたのは、チャンスメークよりもゴールであったわけだが、彼自身も後半7分と9分のビッグチャンスを決めきれなかった。アギーレが思わず天を仰いだのも無理もないだろう。

 後半9分の遠藤から柴崎の交代については、おそらく指揮官は次の試合のことを見据えていたのだと思う。それと同時に、アギーレが柴崎を「遠藤の後継者」と見なしていることを強く感じさせる交代でもあった。一方、後半20分の岡崎慎司から豊田陽平への交代は、「このタイミングでのパワープレーは、まだ早いのでは?」と最初は思った。しかし試合後、所属するマインツの公式サイトが「太ももを負傷した」と伝えていることを知って納得した(どちらの足かは明記されていない)。

 かくしてアギーレの手元にあった3枚のカードは、試合終了25分前にはすべて消費されてしまった。さすがに試合が延長戦までもつれ、さらには長友佑都までもが負傷(右もも裏)するのは想定外であっただろう。この緊急事態にアギーレは、長友をインサイドハーフに上げ、空いた左サイドバックに酒井高徳を回し、右に柴崎を入れる苦肉の策で対応する。確かに、不運と言うしかない事態だが「90分で試合を終わらせていれば」という悔いは残る。結局のところ、相手よりも休みが1日少ない分、延長戦前後半の30分のダメージは計り知れないものがあった。その後のPK戦で、本田と香川が決めることができなかったことについては、私は彼らを責めることはできない。

「アギーレ続投」の判断をどう評価するか?

選手たちのアギーレに対するコメントは、敗れてなお好意的なものが少なくない 【写真:ロイター/アフロ】

 日本代表のアジアカップ連覇の夢は、かように誰もが想像しなかった形で幕を閉じることとなった(オーストラリアの地元紙も「今大会で一番のサプライズ」と報じている)。日本のファンにとって気になるのは、今後の大会の推移よりも、やはり大会後の日本代表についてであろう。果たして、アギーレ体制は今後も維持されるのか否か。日本サッカー協会の大仁邦彌会長は、試合後に「アギーレ続投」を明言している。

 これまで、いささか優柔不断な発言が少なくなかっただけに、会長のこの発言には正直驚いている。そういえばアギーレも、試合後の会見で「これからも続けていきたい」とか「今後も続けなければならない」といったコメントを残している。正式な発表が出るまでうかつなことは言えないが、どうやら今後もアギーレ体制は維持されるものと見て間違いなさそうだ。

 この点については、もちろん反対意見も多数あるだろう。アジアカップで連覇できなかったことについては、それほど大きな解任理由にはならないと思う。むしろ今大会における、アギーレのチームマネジメントや試合での采配が、及第点以上であったことを重視すべきであろう(試合中の決定力不足については、もはや代表監督の領分外の問題である)。ゆえに判断基準は、八百長疑惑の今後に絞られる。実際に裁判が始まったら、代表の強化に支障が出るのではないか。その間、日本代表に対するイメージダウンも避けられないのではないか。そしてもし判決が「クロ」となった場合、後任人事はどうするのか──などなど。

 アギーレ体制の是非に関して、最も参考にすべきは選手たちの言葉であると考える。多少のバイアスは考慮するにしても、彼らの発言には、敗れてなお好意的なものが少なくなかったことは留意すべきであろう。

「このサッカーにはすごく可能性を感じていました。本当に楽しかった。やっていたことはすごく楽しかったので、充実していました。だからこそ、すごく悔しいです」(香川)

「チームとしては成長していると思うけれど、結果が出ないとなかなか評価はしづらい。ただ、中でやっている側からすれば非常に充実した1カ月だったし、手応えを得られるトレーニングと試合だったと思います」(遠藤)

 実際、取材する側としても楽しかったし、昨年のW杯で一番の課題となっていた守備意識の強化は見違えるほど改善されたことについては高く評価したい。もちろん、今大会の結果は悔しい。悔しいけれど、今後に向けて可能性が感じられるチーム作りをしていたことを考慮するなら、ここからさらに成長した日本代表を見てみたいという想いは増すばかりである。問題は、指揮官の八百長疑惑のみ。これについてのリスクは確かにあるが、協会としてアギーレの無実を信じると肚(はら)を決めたのであれば、私はその決断を大いに支持したい。

 その上で協会に要求したいことは2点。まず、アギーレ体制維持を決断した理由と、今大会について日本代表の総括を、できるだけ早い段階で発表する場を設けること。そして「万一の場合」に備えて、速やかに内部昇格できる体制を確立することである。現状、その立場にあるのは手倉森誠コーチだが、彼が本当にその任に相応しいかどうか、しっかりと精査する必要はある。いずれにせよ、今大会の結果をシリアスに捉えなければ、日本の6大会連続W杯出場は危ういと言わざるを得ない。ベスト8での敗退という屈辱は、日本サッカー界の頭打ちなのか、それとも新たな飛躍に向けたスタート地点となるのか、すべては今後次第なのだと思う。

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント