愛すべき町田樹の“らしい”去り際 引退発表も作品にした唯一無二の存在

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予期せぬ発表に会場騒然

町田樹が現役引退を表明。別れのときは突然やってきた 【坂本清】

 また1人偉大なスケーターがリンクを去った。町田樹、24歳。今年2月のソチ五輪に出場(5位)し、それから約1カ月後の世界選手権では銀メダルを獲得した、日本男子フィギュア界の中心的な存在だ。そんな彼との別れは突然やってきた。

 12月28日午後9時過ぎ。全日本選手権(26〜28日、長野・ビックハット)が終了したばかりのリンクでは、来年3月に開催される世界選手権(中国・上海)に出場するメンバー発表が行われていた。一番最後に名前を呼ばれた町田は大歓声とともに、青の衣装に身を包み颯爽(さっそう)とリンク中央に現れた。あいさつを求められると、神妙な面持ちで「皆さん、こんばんは。今回をはじめ、いつもわたくしのことを温かく応援してくださり、本当にありがとうございます。今日は世界選手権大会の代表発表の場に立つことができたことを光栄に思うと同時に、これまでわたくしを支えてくださった多くの方々に、感謝の思いでいっぱいです」と話し始めた。あまりに丁寧な物言いに会場内では笑いも漏れたほどだ。しかし次の瞬間、町田の口から予想外の言葉が発せられた。

「突然ではありますが、ここで皆さまにご報告したいことがございます。わたくしはこの全日本選手権大会をもちまして、現役のフィギュアスケート選手を引退することを決意いたしました。この場をお借りして、正式に発表いたします。つきましては、このたびの世界選手権大会への出場権を辞退したく思います」

 予期せぬ発表に会場は騒然となり、泣き出すファンもいた。選手たちもこのとき初めて知ったようで、隣にいた小塚崇彦(トヨタ自動車)は「僕たちもびっくりしている」と驚きを隠さなかった。あいさつを終えると町田は、別れを惜しむように右手で氷をなで、リンクを降りていった。

注目を集めた“町田語録”

演技だけでなく独特な物言いでも注目を集めた 【坂本清】

 3歳でスケートを始め、憧れの高橋大輔と同じ高校・大学に通った町田が大ブレークを果たしたのはつい昨シーズンのこと。それまで指摘されていた精神面の弱さを克服し、一気に殻を突き破る。2年前の2012−13シーズンは、有力選手6人がひしめいていた日本において6番手に数えられた“第6の男”だった。しかし昨季のスケートアメリカで自己ベストを大幅に更新して優勝。続くロシア杯も制し、五輪戦線をリードする立場になった。グランプリ(GP)ファイナルでは4位に終わったものの、「史上最も過酷な代表争い」となった全日本選手権では会心の演技で2位に入り、ソチ五輪の出場権を勝ち取った。

 注目を集めたのはその実力だけではない。あまりに独特な物言いが“町田語録”としてメディアを賑わせた。

「僕は一歩でも下がればもうそこは死なんだと。ショートプログラム(SP)のあとに絶壁を見ました。怖かったです」(13年GPファイナル後)

「エタノールを燃やしたときに透明な炎が出るんですけど、そういう見えない炎を内に秘めて虎視眈々(たんたん)と(五輪出場を)狙いたい」(13年全日本選手権の前日会見)

「今日は、みなさんバレンタインデーですよね。明日は“逆バレンタイン”できるように頑張ります」(14年ソチ五輪男子SP後)

 愛称は“氷上の哲学者”。読書を愛し、言葉を大切にする。哲学書を持ち歩き、時間ができるとページをめくる。「演技に対するインスピレーションを得るために必要なことだ」と町田は言った。その一方で、言葉が先行する状況にジレンマも感じていた。

「僕が自分に自信を持っているのは発言ではなく、本来は演技ですから。語録として取り上げてくださるのはありがたいことなんですけど、演技のみで語る男も悪くないかなと思います」

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