京都橘、土のグラウンドで見えた景色 風と温度と男の背中

森田将義

リハビリ明けで自主練に励む小屋松(中央)が、後輩に混じってボールを蹴る 【(C)Masayoshi Morita】

 93回目を迎える伝統行事、全国高校サッカー選手権大会が30日より首都圏で開催される。週替わりに一つのテーマを複数の筆者が語り合うサイト『J論』に今回登場するのは、古都の奇人・森田将義。

 2年連続して国立のピッチに立った(ベスト4以上に進出した)京都橘高校を取材で訪れた彼は、そこにどんな景色を観たのだろうか。

グラウンドには小屋松がいた

 12月某日、京都橘のグラウンドにOBの小屋松知哉の姿があった。2年連続での国立行きをけん引した彼は名古屋グランパスに進んだものの、4月のJデビュー戦で右膝前十字靱帯を断裂。6カ月のリハビリを終えてオフシーズンを迎えた彼は来年を見据え、一人黙々と自主練に励んでいた。

 彼に遅れること数十分。学校行事を終えて、後輩たちもグラウンドに姿を表した。久々に顔を合わす先輩に近寄る後輩たちのセリフはそろいもそろって、「スパイク持ってきてくれました?」というもの。プロから“お古”をもらおうと必死な後輩たちの姿を見て、思わず小屋松は「お前ら、どんだけガキやねん」と苦笑いを浮かべるほかない。

 この日の練習メニューは疲れを考慮し、軽めを予定されていた。ウォーミングアップを終えて五人一組に分かれてのミニゲームが始まると、また選手たちは無邪気な顔をのぞかせる。小屋松も後輩たちに交じってプレーしたが、やはりプロの動きは別格。次々に翻弄された後輩からは「やっぱりグランパスうまいわ」「おい、グランパスに負けてどうすんねん!」などと声が飛ぶ。彼らの姿を見ていると、マネージャーが言っていた「『大変でしょ?』ってよく言われるんですけど、楽しいんですよ。手のかかる子どもばっかりだけれど、つらい時に元気をもらえる場所なんです」という言葉が自然と思い出される。軽めのはずだった練習は徐々に熱気を帯びて延長を重ね、結局は2時間を超えていた。

原点と、徹底と

学校生活も含めて厳しく指導する米澤監督のもと、選手たちは大きく成長した 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 こうした明るい雰囲気の原点は米澤一成監督の現役時代にまでさかのぼる。同じ京都の東稜高校でプレーしていた指揮官は、「楽しく練習するタイプではなかった。負けるのが嫌だったし、やる気のない奴を帰らせたりもしていた」。一方で、「練習後にはバカなことをやって、チームメートとはしゃいでいた」と言う。選手権の最高成績は県予選ベスト8と晴れ舞台には遠かった3年間だったが、人間関係の重要性を学び、「厳しすぎる上下関係はサッカーではマイナスになるので、ほどよい位がちょうどいい」という指導法の礎となった。

 もちろん、京都橘はただ楽しんでやっているだけのチームではない。

 練習見学に行くたびに見かけるのが、部内ルールが守れずに雷を落とされている選手の姿だ。サッカー部と学校生活の双方で顔を合わすからこそ、些細な事に気付くことができ、指導できる。米澤監督が「私生活から接することができるのが高校サッカーらしさ。常に見られながら社会のルールを学ぶのは、大人になった時にメリットになると思う」と話すように、ダメなことをしっかりと注意しているのも京都橘らしさだろう。なごやかな雰囲気に反して、規律自体は他校に比べてむしろ厳しい。こうした指導があったから、入学当初は「人間的にはすごく低いスタートだった」という今年の3年生も、「伸び率でいえば、歴代トップクラスかもしれない」と大きく成長した。

「サッカーしか楽しいことがなかった僕らの子どもの頃と違って、今はいろんな情報があったり、おもろいモノがいっぱいある。『それでもサッカーを選ぶ』今の子らって、僕らよりサッカーが好きなのかなって思う」と米澤監督は話す。怒られても、つらくても、サッカーが好きだから頑張れる。選手たちが前向きな気持ちでグラウンドに現れるから、学校生活も含めた指導も効いてくる。そうした循環が子どもを少しずつ大人に変えていく。

 それがこのグラウンドにはある。

その背中に見えたもの

 取材も終わり、そろそろ帰ろう。そんなことを思いながら見渡したグラウンド。すっかり暗くなっていた土のピッチの上で、一人黙々とボールを蹴るDF日高憧也の姿があった。

 校舎からそっと見守る米澤監督は、「高校サッカーって感じでしょ?」と口にしながら、誰よりも早く朝練に顔を出し、下校時間までボールを蹴る彼の頑張りを教えてくれた。入学当初は決してうまい選手ではなかったが、こうした積み重ねのおかげもあり、選手権府予選ではアシストを記録する活躍を見せている。

 帰りがけ、日高へ少し声をかけると、「3年生なんで、後悔したくないんです」という言葉を残すと、今度は一人、坂道ダッシュに向かった――。
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著者プロフィール

1985年、京都府生まれ。路頭に迷っていたころに放送作家事務所の社長に拾われ、10代の頃から在阪テレビ局で構成作家、リサーチとして活動を始める。その後、2年間のサラリーマン生活を経て、2012年から本格的にサッカーライターへと転向。主にジュニアから大学までの育成年代を取材する。『エル・ゴラッソ』『ゲキサカ』『サッカーダイジェスト』『サカイク』『Number』などに寄稿している。

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