技術面から見る錦織圭の強さの秘密 もはや常識となったテニスの新潮流とは?

坂井利彰

錦織、強さの鍵は“時間”と“間合い”

身長178センチとテニスプレーヤーとしては小柄な錦織。ラオニッチ(右)らライバルとは頭ひとつ分ほどの差がある 【写真:Motoo Naka/アフロ】

 フェデラーが自身の殻を破って新たな変化を見せているのと同様に、今年大きなブレイクスルーを果たした錦織選手もテニス界に変化をもたらす新たな可能性を示しています。
 ご存知のとおり、身長178センチの錦織選手は居並ぶライバルたちとは、頭ひとつ分は優に差があります。同世代に属する198センチのチリッチ、196センチのラオニッチらビッグサーバーはもちろん、マレーは190センチ、ジョコビッチは188センチ、フェデラーやナダルも185センチはあるのです。身長差がもろに影響するサービスはもちろん、一歩が大きいフットワークなどあらゆる面で不利と思われます。
 しかし、錦織選手がこの不利を跳ね返し、グランドスラムのタイトルや世界ナンバーワンに手が届くところまで来ていることは、全米オープン準優勝、数々のツアータイトル、ツアーファイナルでの快進撃といった実績が証明しています。

 ベースライン上にいた錦織選手が鋭く一歩前に踏み出し、強烈なダウンザラインでリターンエースを奪う。最近の錦織選手の試合では、こうしたシーンが多く見られます。サービス側が絶対優位のテニスにおいて勝負所でのリターンエースにはただの1ポイント以上の価値があります。たとえ一発でエースを奪えなくても、前に出ることで相手の時間を奪い、主導権を握ることができます。
 錦織選手が身体的不利を感じさせないのはコートを平面でなく、立体的に捉え、さらにそこに“時間”と“間合い”の概念を持ち込んでいるからなのです。間合いを詰めて相手の考える時間、予備動作の時間、スイングの準備時間をどんどん奪っていく。錦織選手はストロークを重ねるごとに自分が有利な形を作り出し、後手に回った相手は精神的にも追い詰められていくのです。

 こうしたプレーでは一球一球のショットがそれぞれ大きな意味を持ちます。錦織選手に限らず、トップ選手たちは戦術的にショットを組み立て、瞬時にそれに適した技術を引き出しているのです。こうした高度な駆け引きが続く試合では、ワンプレー、ワンプレーで「いかに相手の時間を奪うか」が重要になります。一歩前でリターンできれば、相手との距離を詰め、その分だけ相手の持ち時間を奪うことができるのです。

新しいテニスでは戦略・戦術が高度化

 相手との距離やコートの高さ、深さ、球種、スピードを存分に使って展開する世界トップレベルのテニスでは、時間と空間を効果的に使えるプレーヤーが勝利します。こうしたテニスには当然、高度な戦術が必要になってきます。戦略・戦術が高度化した新しいテニスの潮流はもはや常識になりました。

 錦織選手躍進の秘密は、よく言われているメンタル面の充実、マイケル・チャンコーチの指導などももちろん欠かせない要素ですが、錦織選手自身がこうした戦略・戦術を駆使した新たなテニスの中心にいることも無視できません。

 錦織選手の活躍をきっかけにテニスを見る機会が増えた人も多いと思いますが、世界最高レベルのテニスの試合では、一球一球に見ているだけでヒリヒリするような駆け引きが隠されています。ショットの高さや深さ、ボールの軌道、選手の立ち位置などに着目すれば、世界最先端の戦略・戦術の一端を感じられるはずです。

(構成・大塚一樹)

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テニス 世界トップ10も実践する最新の打ち方・戦い方 【東邦出版】

 近年の男子テニス界は技術の進歩、戦術・戦略の高度化が著しく、今までになかった新しい打ち方・戦い方が繰り広げられている。しかし、フェデラーやナダル、ジョコビッチ、錦織圭……世界の名だたるプレーヤーが実践している最新の技術や戦術・戦略を、体格や技術で差がある一般アマチュアプレーヤーでも取り入れることは可能だ。それを実践したのが本書。読んで理解すれば世界最先端の戦術・戦略を取り入れられ、テニス・レベルはワンランクもツーランクもアップ! 体格や運動能力では劣っていたライバルにも勝利することができる! 2014年全米オープン準優勝の錦織圭のプレー解説でおなじみ、自身もプロとして海外をわたり歩き、世界のテニス事情に詳しい坂井利彰氏が詳細に解説する。

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著者プロフィール

慶應義塾大学専任講師。1974年生まれ、慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科後期博士課程修了。高校時代はU18日本代表、高校日本代表に選出。大学時代は全日本学生シングルス優勝、ユニバーシアード日本代表、ナショナルチームメンバーに選出。プロ転向後は世界ツアーを転戦し、全豪オープンシングルス出場。世界ランキング最高468位、日本ランキング最高7位(ともにシングルス)。引退後は慶應義塾大学庭球部監督に就任。ATP(世界男子プロテニス協会)公認プロフェッショナルコース修了、ATP公認プロフェッショナルコーチ、日本テニス協会公認S級エリートコーチ、日本プロテニス協会理事を務める

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