浦和のスタッフとして歩む第二の人生 Jリーグで生きる人々 堀之内聖<前編>

北條聡

現役を引退し、サラリーマンへ転身

昨季限りで現役を引退した堀之内聖。浦和のスタッフとして歩む、第二の人生に迫った 【(C)J.LEAGUE PHOTOS】

 大切なアイテムが、スパイクから革靴になった。

 35歳にして「足にマメができました」と笑った男はいま、第二の人生を歩んでいる。堀之内聖。昨季限りで現役を引退した元Jリーガーだ。埼玉県浦和市(現さいたま市)出身。市立浦和高から東京学芸大を経て、2002年にプロの門をくぐった。地元の浦和レッズである。以来、J1、J2リーグ戦200試合に出場。浦和の黄金期を支えたDFとして活躍した。

 12年にJ2・横浜FCへ移籍、そして昨季は同じJ2のモンテディオ山形に新天地を求め、リーグ戦30試合に出場している。だが、シーズンオフに人生における大きな決断を下した。ネクタイとスーツに身を包むサラリーマンへの転身を図ったのである。その証とも言うべき名刺に「パートナー営業部」の肩書きがあった。古巣である浦和のクラブスタッフ入りだ。

「山形を去る時にレッズから『うちの営業はどうだ?』と。お話をいただいたときにはすごくうれしかったですね。すんなり受け入れられたというか、むしろ、こちらの方から『お願いします』という気持ちでした」

 以前も浦和や、移籍先の横浜FCを離れる際にも声をかけられている。当時は現役へのこだわりが強かったが、プロとしてはそろそろ潮時と感じていた今回は、セカンドキャリアへ移行する格好のタイミングと捉えていた。監督やコーチといった指導者へ転身する選択肢もあるが、クラブスタッフ業にはそれ以上に強く惹かれるものがあったという。

「ビジネスの方に関心がありました。本当に漠然とですが、選手を支えている側に興味があったんです。未知の分野に関する好奇心というのが大きいかもしれないですね。浦和の場合、クラブ自体が大きく、拠点もいくつか分かれています。そうした影響もあり、選手とスタッフの接する機会というのがなかなか持てないのが現状だと思います。現役の頃は正直、スタッフの方々がどのような仕事をしているのか、ほとんど分からなかったんです」

OBをスタッフに迎えたクラブの狙い

 クラブスタッフがいかに多くの仕事に従事し、現場を支えているか。実際にクラブスタッフとなり、そのことを実感したという。もし現役に戻れるのなら「スタッフの方々を相当、リスペクトしますね」と強い調子で語った。さらには、スタジアム内にズラリと並んだ看板広告についても「見方が大きく変わりました」と話す。その顔は、すでにビジネスマンのそれだった。

 配属先はパートナー営業部だが、入社早々にすべての部署を回っている。各セクションがどのような業務に携わっているかを把握するための、一種のオリエンテーションであった。堀之内いわく「まずはクラブ内部のことを知ってほしい、ということでした」という。現在、パートナー営業部の部長を務め、自身も浦和OBである戸苅淳は、堀之内のスタッフ入りを次のように語る。

「OB選手がクラブの中で活躍してほしいですし、クラブをマネジメントする側にOB選手が何人かは絶対に必要だなと思っていました。浦和には、まだそうした実績が乏しいので、彼(堀之内)にはぜひ、その一人になってもらいたいと考えています」

 35歳を迎えた「新人営業スタッフ」の経験は当然ながら、まだ1年にも満たない。いまでも「慣れたかと言われれば、まだまだですね」と笑う。現役時代は練習が2時間、午後にトレーニングがあっても計4時間で1日が終わるが、現在は午前9時から午後6時までが定時だという。最初の3カ月間は「しっかり基礎を学んでほしい」というフロントの意向もあり、各メディアの取材依頼も丁重にお断りしている。とにもかくにも、学ぶべきことが多かったからだ。

 当初はパートナー(スポンサー)企業の新人研修にも参加している。高卒、大卒の若者たちに交じり、名刺交換の仕方や席次・席順、電話応対、敬語・言葉遣いといった基本的なビジネスマナーを学んだという。もちろん、自身でもそうした知識を学んでいたものの、その多くが「イチからの学習」だった。

堀之内が見た「横断幕問題」

J初の無観客試合という制裁が科された「横断幕問題」。スタッフとして堀之内はどう見ていたのか 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 今も営業先でフランクに振る舞う社長さんと話す際に「知らず知らずのうちに敬語の使い方がいい加減になっていないだろうか」と不安になるという。「同行している先輩方はいつも冷や冷やしながら聞いているんじゃないかと思いますね」と苦笑するが、このように意識的に自分を客観視する姿勢は現役時代から変わらないらしい。本人によれば「良いことも悪いこともすべて客観視するように務めている」という。そんな実に冷静な『35歳の新人』の目に、果たして、あの一件はどのように映ったのだろうか。

 例の「横断幕問題」である。

 14年3月8日、埼玉スタジアムで開催されたJ1第2節浦和対サガン鳥栖の一戦において、浦和のゴール裏席に向かう入場ゲートに『JAPANESE ONLY』という差別的内容と判断できる横断幕が掲げられた。問題はこの横断幕が試合終了後まで撤去されなかったことにある。事態を重く見たJリーグは、浦和に対し「無観客試合」という厳しい制裁を科した。堀之内にとっては、まだ右も左も分からぬ頃に起きた「事件」と言っていい。

「僕は実際に、あの横断幕を見ていないのですが……。とても悲しい出来事でした。そして僕自身、クラブの危機にあるということをひしひしと感じていました。なぜ撤去できなかったか。それが大きな問題でしたが、それを実行するには、あらゆる物事に関する感度をもっと高く持たなければならないのだと思いました。クラブに関わる全スタッフがもっと危機意識を持って取り組まなければならないと再認識しましたね」

 あれ以来、クラブは数多くの改善策を行なっているという。社員全員を集めてケーススタディーによる勉強会を開くなど、危機管理に関する取り組みを強化している。堀之内自身は「今一度、原点に立ち返り、一致団結してこの危機を乗り越えていかなければならない」というスタッフ一人ひとりの強い意志を感じたという。

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著者プロフィール

週刊サッカーマガジン元編集長。早大卒。J元年の93年に(株)ベースボール・マガジン社に入社。以来、サッカー畑一筋。昨年10月末に退社し、現在はフリーランス。著書に『サカマガイズム』、名波浩氏との共著に『正しいバルサの目指し方』(以上、ベースボール・マガジン社)、二宮寿朗氏との共著に『勝つ準備』(実業之日本社)がある。

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