田中恒成が“中京の怪物”の底力を証明 特別な一戦乗り越え5戦目で世界王座戦へ

船橋真二郎

終盤10ラウンドに訪れたフィナーレ

小学生のころから見ていたという原隆二をTKOで勝利し、国内最速の4戦目で東洋太平洋ミニマム級王者となった田中恒成と田中を指導する元WBC世界Sバンタム級王者の畑中清詞会長 【船橋真二郎】

 フィナーレは終盤10ラウンドに訪れた。ラウンド開始早々は、クリンチが目立つ静かな立ち上がり。肉体的にも精神的にもタフで、ハイレベルな攻防を経て、ここまでたどり着いた両者は、ともに疲れを隠せない。ただ、決定的に違っていたのがダメージの差だったのかもしれない。9ラウンド終盤、右アッパーを効かせた挑戦者の田中恒成(畑中)が、王者の原隆二(大橋)に猛然とラッシュを敢行。だが、原の粘りを受けて仕留めきれず、ラウンド終了10秒前を境に形勢が入れ替わる。打ち疲れ、手を止めた田中に対して、今度は原が気力を振り絞って連打。ガードを固めて耐える田中。ここで、ゴング。だが、より消耗が激しかったのは原のほうだった。

「残り2ラウンドになれば、正直、あとは気持ちで行けるかなと思っていた。自分の中の気持ちの戦いで、ラスト2ラウンドになる前の、この10ラウンドが勝負だと。ここで引いちゃダメだと思って」
 意を決した田中が細かな連打をまとめると、ずるずると原が後退。抵抗できないまま、ロープ際まで力なく押し込まれたところで、福地勇治主審が終止符を打った。10ラウンド開始前のインターバルを田中が振り返る。
「原選手は効いている、思い切り打たんで、軽くでもちょこちょこ当てて行けと(畑中清詞)会長からアドバイスを受けたので、それを意識した」
 疲れの残る終盤まで来て、力むことなく、指示通りに、それもここまで一度も出さなかった攻めのパターンを見せ、フィニッシュにつなげた。厳しい戦いだったからこそ、逆に“中京の怪物”の力が示された。

小学生から見ていた原への特別な思い

 30日に、東京・後楽園ホールで行われた注目の東洋太平洋ミニマム級タイトルマッチ12回戦は、同級1位の田中が10ラウンド50秒TKOで王者の原を破り、国内最短記録となる4戦目で東洋太平洋タイトルを奪取した。高校で4冠を達成後、岐阜・中京高校在学中の昨年11月にプロデビューし、いきなり世界ランカーを連破。デビューから1年足らずで、世界主要4団体で上位にランクされる18戦全勝10KOの原を下し、頂上対決を制した19歳は、「4戦目でタイトルマッチというより4戦目で原隆二選手と戦う、その気持ちが強かった」と記録には関心を示さず、原への特別な思いを語った。

 幼稚園のころから空手に親しみ、小学校5年の終わりにボクシングを始めた。5歳年長の原との邂逅はそれからしばらく経った時だった。
「(原は)当時から高校で活躍していた選手。ジムの先輩を応援に行った東海ブロック大会でたまたま見て。強いなと思って見てました」
 原も静岡・飛龍高校時代に4冠を達成するトップアマ。まだ、ボクシングのことを良く知らなかった少年の目にも、まばゆいばかりに映ったに違いない。
「今までで、一番強い選手で、一番厳しい試合になると、誰より自分が覚悟してました。勝ったことを素直に自信にしたい」

試合を盛り上げた王者・原の意地

 王者の意地が試合を期待以上に盛り上げた。前日計量後、メディアの注目は記録のかかる田中に集中し、「なめられているなら、見返すだけ」と静かに闘志を燃やしていた原が、立ち上がりから積極的に仕掛ける。最近は精彩を欠いていた原は見違えるような動きで上下に力強いパンチを打ち込んだ。
「8月31日に試合が決まってからの2カ月。ずっと緊張しっぱなしでした」
 そう明かした田中はやや動きが硬く、後手を踏まされたが、徐々に持ち味の高速ジャブとステップワークから左フック、右を合わせて対抗。序盤は軽量級らしいスピーディーな一進一退の攻防が繰り広げられ、4ラウンド終了時点の公開採点はジャッジ全員が38対38とまったくの五分。展開が大きく動いたのは5ラウンドだった。

 田中のスピードに対し、身上の出入りを捨てた原は距離をつぶして接近戦の色合いをさらに強める。田中も退かずに呼応し、その打ち合いの中、右のカウンターが捉え、原がつんのめるようにバランスを崩す。すかさず田中は連打で追い込むも倒し切れず。ラウンド終盤は、原が連打で盛り返した。続く6ラウンドは、田中が細かくステップを前後左右に刻みながら左ジャブ、左フックを当ててリード。だがラウンド終盤、今度は原が右アッパーでチャンスを掴み、連打。さらに右フックをカウンター気味に当て、田中の動きを一瞬、止めた。一方が攻めれば、一方が攻め返す。中盤は、激しさを増したシーソーゲームで推移。8ラウンド終了時点の公開採点は1者が77対76で田中、残りの2者は76対76とまだ互角だった。
「チャンピオンのプレッシャーはすごかった。自分が不用意に出したところに詰めてくる手数とパンチ、その瞬間のスピードが特にすごかった。正直、全部のラウンドが必死で、余裕を持った展開はまったくなかった」

「みなさんが喜んでくれてうれしかった」

畑中会長は井上尚弥の持つ国内最短となる5戦目での世界王座奪取へ「うまいこと春ごろにできたら」とゴーサイン 【船橋真二郎】

 終盤、そこから抜け出した田中を支えたのは、ある思いだった。
「日本一、多くの人から応援してもらえるボクサーになるのが自分の夢。最強ではなく、最高のボクサーを目指したい」
 デビュー当初から、そう言い続けてきた田中。会場が盛り上がる試合は望むところだった。
「試合前から決めてたことで、疲れたとか、えらいとか、そういう感情はなしにしようと。応援してくれる人たちのためにも自分の感情は抜きに、勝つことに専念した。出来は良くなかったけど、これも自分のしたいボクシング。みなさんが喜んでくれているのを見て、やっとうれしいと思った」
 何より、この大一番を乗り越えた経験は必ず今後に生きてくるだろう。田中が次に期待をかけられているのが井上尚弥(大橋)の6戦目を抜く、国内最速記録となる5戦目での世界タイトル奪取だ。
 
「この勝利で世界のリングが見えてきましたね」
 そう煽る地元テレビ局のインタビュアーに対し、「ここだけ見てやってきたので自分の目には見えてません」と返した田中に代わり、畑中会長が応じた。
「交渉事なのでわからないが、ぜひ、やりたい。チャンピオンの都合を聞きながら、うまいこと春ごろにできたら」
 名古屋のジムが生んだ初の世界王者である畑中会長が愛弟子に懸ける期待は大きい。
「強いチャンピオンと正々堂々と叩きっこして、倒したから合格点。反省点は多々あるけど、もっと大きな舞台になっても、地に足をつけて、平常どおりのこいつのボクシングができれば、問題ない」

祝勝会では十代らしくコーラ4杯!?

 来週11月6日には、タイで行われるWBC世界ミニマム級タイトルマッチ、王者のオスバルド・ノボア(メキシコ)と、地元期待の35戦全勝11KOの挑戦者ワンヒン・ミーナヨーティンとの一戦の視察を兼ね、祝勝旅行に行くのだという。
「デビュー戦のときも、え?世界ランカー?と思ったし、今回も、4戦目で原選手?と思いながら、なんだかんだ、ここまで来て。次、世界チャンピオンが相手になっても、なんだかんだ、頑張りたいと思います」
 ひょうひょうと答えた田中は、いつも後援会が開いてくれるという祝勝会で恒例のコーラを今日は4杯飲むと宣言した。

「4回勝ったから。一応、ゼロコーラにしてきたんかなぁ、今までは」
 ぼそっとつぶやいて、照れくさそうに笑った名古屋のスーパールーキーに、ようやく十代の素顔がのぞいた。
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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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