マブスが富樫勇樹と契約した理由 真の“NBA選手”となるまでの険しい道

宮地陽子

交わした契約は“ノンギャランティ”

NBAのマーベリックスと契約した富樫勇樹。しかし、まだ“日本人2人目のNBA選手誕生”というわけではない 【写真は共同】

 15日、NBAのダラス・マーベリックスが富樫勇樹と契約したことを発表した。マブスのロゴが入ったレターヘッドに、「ダラス・マーベリックスは本日、フリーエージェントの富樫勇樹と契約しました」と書かれており、富樫が7月にマブスのサマーリーグ・チームの一員として4試合に出場したことや、新潟出身で、高校はケビン・デュラントらを輩出した米国のモントロス・クリスチャン高校に留学していたこと、その後、日本でプロ選手として秋田ノーザン・ハピネッツ(bjリーグ)でプレーし、平均16.3点を挙げたほか、平均アシストではリーグ最多の7.6本を記録したことなどが簡単に書かれていた。

 日本人選手がNBAチームと契約を交わしたのは田臥勇太(現リンク栃木ブレックス、NBL)に次いで史上2人目だ。そのことは素晴らしい快挙であるのだが、その一方で、マブスと正式に契約したといっても、それだけで“日本人2人目のNBA選手誕生”というわけではないということも付け加えておかなくてはいけないだろう。

 富樫がマブスと交わしたのは“ノンギャランティ”、つまり支払保証なしの契約だ。NBAではレギュラーシーズンに入る前のトレーニングキャンプに参加する選手は、開幕ロスターに残る可能性があってもなくても、全員が契約を交わす決まりになっている。富樫も含め、開幕ロスターに残る可能性が低い選手はノンギャランティの契約を交わし、開幕ロスターに残った場合はチームに在籍した間に行われた試合数に応じて契約で定められたサラリーが支払われる。一方で、開幕前に解雇された場合、その契約は完全に破棄され、チーム側には一切の支払い義務がなくなる。

 実際のところ、マブスは今シーズンの開幕ロスターに富樫を残すことは考えていない。マブスのGM、ドニー・ネルソンも、富樫が現時点でNBAロスターに入る可能性について、地元紙の記者に“long shot at best”という表現を使って説明している。つまり「万が一のごく低い可能性があるかないか」というわけだ。開幕前に解雇することが前提のキャンプ招待だったことが分かる。

マブスの狙いはレジェンズに加入させること

査証発給のタイミング次第で、富樫はプレシーズンの試合に出られないことも十分に考えられる 【写真:アフロスポーツ】

 それでは、なぜマブスは富樫をトレーニングキャンプに呼んだのだろうか? マブスから富樫のもとにトレーニングキャンプ招待の話が来たのは、キャンプ開始の1週間前と直前。その時、富樫は日本代表としてアジア大会に参加しており、渡米後、身体検査を受けて正式に契約が発表された15日には、すでにトレーニングキャンプは半分終わっていた。しかも富樫はまだ米国の査証発給が完了していないため、19日時点でマブスのプレシーズン試合に出られないどころか、全体練習にも参加できていない。契約直後の遠征には帯同してもいない。この先は査証発給のタイミング次第なのだが、練習にほとんど参加できていないことからプレシーズンの試合に出られないことも十分に考えられる。

 それでも、マブスが今回、富樫をトレーニングキャンプに呼び、すぐに破棄することになる契約を交わしたことには明確な意図があった。その意図とは、NBAの下部リーグ、Dリーグのチームで、マブスと提携しているテキサス・レジェンズに入れることだ。Dリーグはシーズン前にドラフトによって選手を各チームに振り分けるのだが、提携のNBAチームのキャンプに参加していた選手はドラフトを経ることなく、直接チームに入れることができる。マブスが富樫と契約した狙いはそこにあった。

 実は、ネルソンはマブスのGMであると同時に、レジェンズのオーナーでもある。そのネルソンは、「私たちが(富樫をマブスのキャンプで)見ることができる期間は限られているが、彼にとって本当のチャンスはテキサス・レジェンズにある」と言っている。ネルソンはさらに、こうも言っている。

「これは、彼(富樫)にとっては、レジェンズでプレーするという夢が実現するチャンスだ。そして、これまでDリーグでプレーしてきた選手たちが皆そうであるように、Dリーグを踏み台にして、NBAを目指すことができる」

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著者プロフィール

東京都出身。国際基督教大学教養学部卒。出版社勤務後にアメリカに居を移し、バスケットボール・ライターとしての活動を始める。NBAや国際大会(2002年・2006年の世界選手権、1996年のオリンピックなど)を取材するほか、アメリカで活動する日本人選手の取材も続けている。『Number』『HOOP』『月刊バスケットボール』に連載を持ち、雑誌を中心に執筆活動中。著書に『The Man 〜 マイケル・ジョーダン・ストーリー完結編』(日本文化出版)、編書に田臥勇太著『Never Too Late 今からでも遅くない』(日本文化出版)がある。現在、ロサンゼルス近郊在住。

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